物語(エッセイ)『観察日記〜ある男の物語〜』

『観察日記〜ある男の物語〜』

 


 今日はある男について話そうと思う。
 そいつは殺人犯でも善人でもない、普通の男である。きっと。

 まず早朝の5時半に起きて、食卓の側にあるテレビを、大音響で聴く。
 そうだ、見るのではなく、聞く。
 テレビの音声は家中に響き渡り、台所の隣の洗面所にいても聞くことが出来るのだ。そこで歯を磨いたりヒゲを剃るのだが、その間もずっとNHKの放送を聞くのが、日課になっているようだった。

 私はいつも朝の7時に起床していたのだが、幼い頃から、ニュースには異常なほど詳しかった。なぜなら、毎朝、起きた時には夢の中で、何度もニュースを見て知っていたからだ。
 中学になって気付いた。あれは夢ではなく、あの男の仕業だったことに。
 そして、少し嫌いになった。

 その男は、朝からご飯を3杯も食べた。
 日曜日の昼は、大瓶ビール1本に、唐揚げ1キロを一人で食べて、その後にラーメンまで食べる。
 その食べ方がまさに不快なのである。
 麺をとことんふやかして、スープが無くなるまで待つのだ。私は疑問に思って聞いたことがある。そうしたら、猫舌で熱いのが食べられないからだと言う。親切な私は言った。粉末スープを少量のお湯で溶かして氷を入れ、冷やして、麺が伸びないうちに食べた方が絶対に美味しいと。しかしである。その男はなぜか、少し背すじを伸ばして威張って言うのである。
「それじゃダメだ。ラーメンは伸びてふにゃふにゃになった麺がいちばん美味しいのだ」と。
 そして私は確信した。
 この男は屁理屈なやつだと。

 ついでに補足すると、男はラーメンを食べた後に必ずご飯も食べる。
 夕食も昼以上にたくさん食べた。
 1日3食、なのに食事の最後にはご飯を必ず食べないといけないというルールが、この男にはあったようなのだ。
 大量の漬物をおかずに、なければ、味噌汁をご飯にぶっかけて猫まんまにして、味噌汁もなければ、ご飯だけをひたすら口に放り込むのだ。
「ご飯だけじゃ味が無くて不味くない?」
 そう聞いたこともある。すると少し首を傾げたあと、笑って美味しいと言って、何より最後にご飯を食べないと食べた気にならないと、ほざきよった。
 こいつは何も考えていないと私は悟った。

 大食い大会にも出られそうな食欲だったが、この男は、まわりの誰よりも痩せていた。
 ぶくぶくと?太ってきていた母はよく言っていた。
 あの人がうらやましい⋯と。

 この男だが、性格が几帳面だった。
 物の置き方が崩れて、斜めになっていると許せないようで、すべてきちんと直角に置き直していた。
 掃除も好きで何でもゴミとして捨てる。
 母や私の、どんなに大切にしていた物でも、迂闊に床や階段や、いやテーブルの上だったとしても、ずっと放置していたら、勝手に捨ててしまうことがあった。
 病的な綺麗好きだと、大人になるまで信じ込んでいた。しかし、それは間違いだった。
 私は大人になって気づいてしまった。
 その男は、ゴミのような私物を、まったく捨てずにすべて大切に保管していた。
 なんだったのか?
 簡単なことである。
 その男にとって、大切かどうか?が捨てる基準だったのだ。どんなに私にとって大切な物であっても、自分が必要と思わなければ迷うことも無く、捨てることが出来る人間だったのだ。
 これこそが、究極の自己中人間だ。
 母はよく言っていた。ちょっと「捨ててもいい?」って聞いてくれればいいのに⋯と。面倒臭がりで、それを一切考えない性格が困るのよって。

 自己中で、横暴な男だが、実は気が弱い。
 少し体調が悪くなったり風邪をひくと、途端に死ぬ死ぬと騒ぎ出す。お前は末期の患者か!と言いたくなるほど気弱になる。そして家中のあらゆる薬を飲みまくる。どんだけ薬が好きなんだよと呟いたのは数えきれない。

 気弱で思い出したが、外食の時に、自分の食べるメニューが決められない。
 だから、母に何でもいいから注文してって頼む。
 優柔不断で面倒臭がりやな男だという認識は私にはあった。しかし、大人になって観察していて気づいたことがある。異常に値段を気にしていることに。
 そうだ、この男は臆病だった。
 とにかく、みんなが幾らぐらいの値段のメニューを注文するのか、様子を見ているのだった。これは私が自分の食べたいメニューぐらい人に頼らず自分で決めろってその男に言った時に気づいた。
 食べたい物を食べたいと注文できない、その男が少し可哀想に思った。

 この男のエピソードは尽きることがない。
 小説の主人公として描いたら、それなりに面白い物語になるかもしれない。
 私が生まれた日に、嬉しすぎて、バイクを飛ばしたらカーブで曲がりきれず、川に飛び込んで大騒ぎになったことや、ある事故で、利き腕の指を4本も失った話や、まぁ、いろいろだ。

 そして、晩年は認知症になり、最後は家族も、妻も、娘も、自分の両親まで忘れてしまった。
 たった一人、死ぬ間際まで覚えていた人物がいた。その顔を見ると、これ以上崩せないと言うほど顔をクシャクシャにして必死に笑ってみせる。
「だいじょぶだ、だいじょうぶだ」
 そう言っているみたいだった。

 最後になった面会の日も、同じように笑って会うことを喜んでくれた。
 そして、帰る時にぼそっと、
「酒でも持ってきてくれ」
 イタズラな顔をして、笑っていた。

 今日は、父の日。らしい。

 その男は去年の9月に亡くなった。
 まだ、実感はない。
 だから私は、まだ、泣いていない。

 ふと思う。
 どんな人生だったのだろう。
 それは私の記憶の中だけに、今はある。
 ⋯⋯それだけになってしまった。

 酒が好きだったから、今日は朝から酒がいい。
 一杯、注いでやろうか?

「おとうさん」




【終わり】 


【この記事はカタリベ活動に参加しています】



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