【創作大賞2024】彼と彼女

彼1

 先輩は、いわゆるサバサバ系だった。
 小柄だが物言いは強くて、男使いが荒く、女の子たちに慕われ、少し口が悪い。飲み会ではほぼ常に幹事で、酒の注文とお金の計算をしている所ばかり見かける。
 大所帯のサークルで、あまりしゃべることはなかったが、見かける時はいつもせかせかと仕事をし、足を組んで髪をかき上げる。
 正直苦手だ。
 きっと自分のことをサバサバ系女子って言ってしまうタイプの人で、人の恋愛相談に乗りたがり、自分のことは自虐しながら話したがるんだろう。飲み会の最後にお金の計算をする自分がかっこいいと思っているんだろう。
 確かに仕事はできる人だと思うけれど、彼女候補にもならなかった。知り合いは多そうだから試験と就活のために多少話せる程度にはなっておいた方が得かもしれない。

 先輩は歌が好きで、よくカラオケに行くらしかった。カラオケなんて二次会の飲み場所くらいにしか思っていないので、純粋に歌いに行くなんて物好きだなと思った。
 普通の女子大生らしくおしゃれなカフェとかディズニーとか、スターバックスとかが好きだった。
 スポーツはしなさそうだった。
 サッカー好きは彼氏とかの影響なのかそこそこの知識で、男受けを狙っていそうで余計に嫌だった。

 そしてもっと嫌なことに彼女は、綺麗だった。
 

彼女1

 チャラそう。
 もうすぐ別れそうな今彼に比べても相当に遊んできているだろうな、と思った。
 悔しいけどスタイルは良いし顔もそこそこ。友達が多そうで頭も悪くない。コミュ力があって器用そう。
 正直苦手だ。
 きっと自分はそれなりにモテると思っていて、彼女には困ったことがないし大した挫折もしてないんだろう。必死で幹事やってるとか心の中で馬鹿にしてるんだろう。4年になっても幹事はやらないタイプだな。
 確かに頭の回転は早そうだけど、あるかないかで言ったらなし。買い出しとか飲み会の回しとかには役立ちそうだから一応仲良くしておいた方が良いかもしれない。

 ずっとスポーツをやっていたらしい。どうりで合わないわけだった。体育会には縁遠かった。子供のころから親の影響でサッカーは人一倍見ているけど、プレーしたことは一切ない。
 お酒をよく飲みアイコスを吸い、大きな声で笑う人だった。大きな体にもっと大きなスウェットを着ていた。
 ノリの悪い人とかに厳しそうで、幹事に逃げて飲み会を乗り切っている身としては怖い存在だ。

 そしてもっと嫌なことに彼は、優しかった。


彼2

 ファミマを出ると雨がぱらついていた。
 振り向いてビニール傘を手に取ったがやめた。
 どうせすぐ失くす550円は、大事に月末までとっておきたい。

 色褪せたフードを被り小走りで横断歩道を渡ると、少し前に彼女が見えた。急な雨にもかかわらず水玉の傘を凛とさし、スマホを見ている。重そうなリュックは濡れて変色していた。
 面倒なので小走りのまま図書館に滑り込む。
「え、雨?」
「おん。急でビビったわ傘ないし」
「コンビニ行って来たんだから買えよ笑」
 コピー機を使い終わった友人と合流し席に戻ると、自動ドアから彼女が入ってくるのが見えた。
 フードはしたまま椅子ごと移動し背を向ける。
「あれ、先輩じゃね。ゼミかな」
「おま...」
 声でかいよ、と言いかけたとき彼女がこちらに目をやった。顔で友人に文句を言っている間に、
「二人ともお疲れー。図書館珍しいね、ゼミ?」
 と声をかけられてしまった。
「はい、ゼミっす。先輩もですか?」
「そうそう、今週が担当回でね。たしか週末のバーベキュー来るよね?またその時にね」
 笑顔で手を振りディスカッションルームに向かう。
 無視もせず長居もしない、程よい距離感で存在感を調整してくるこの感じ。計算されている気がする。
「先輩って正直、いつ彼氏と別れんのかな。遊びなら年下ありかな」
 呑気で鈍感な友はその表面に囚われ、狙おうとしているようだ。
「どうかな、別れる別れる言う奴って案外別れないじゃん」
「何お前、先輩のこと嫌いなの?」
「いや別に特に何も思ってないけど」
 見透かすような発言に一瞬動揺するが、変に受け取られると困るので、適当に流す。
 ガラス越しに彼女がディスカッションルームで話しているのが見える。ゼミ生なのだろう、仲良さそうに話す彼女はいつもより楽しそうに見えた。
「おい何見てんだよ、課題やるぞ」
「おん」


彼女2

 ファミマから出てきたところが見えて、咄嗟にスマホを開いてしまった。フードを被り雨をやり過ごす彼は、たぶん傘をケチったのだろう。何かと金欠と言っているイメージがある。最近のビニール傘は高い。
 スマホを見ているためゆっくり歩いている振りをしていると、図書館の自動ドアが閉まる音がした。ふう、と一息吐いてスマホをしまい、代わりに学生証を取り出す。
 図書館に入ると思いの外目の前に彼と、彼の同期がいるのに気づいて、少し焦る。グループ学習用のテーブルで課題でもやるところだろうか。先に同期の子が私に気づく。
 あまり長居しても嫌われるので、適当に挨拶してディスカッションルームへ逃げる。逃げたことがバレないように、あまりに早足にならないように。
「遅刻じゃん、コーヒーね」
「え、一杯ずつ?無理だよいま月末」
 だからペナルティの意味があるんじゃん、と笑うゼミの同期たちは既にホワイトボードに課題の状況をまとめていて、改めて遅刻したことを詫びる。
「さっき入口で話してたの、後輩?」
「ああ、そう、サークルのね」
「へえ、陽キャって感じ」
「あの子たちが特にね。あんまり見ないであげてよ、私がなんか言ってると思われる」
「何、意識してる感じ?」
「まさか、やめてよ」
 ほら、課題やるよ、と笑いながら急き立てる。大学生というやつは、何でもそういう話にしたがる。


彼3 

 初夏の陽ざしはきつく肌にあたり、ジリジリと焼ける香りを漂わす。心ばかり置かれているパラソルは全て女子のものとなった。
 Tシャツの袖を肩までまくった後輩たちがひたすら肉を焼き、アピールせんばかりにパラソル女子たちに振る舞っている。
 そういうのはしたくない。面倒だし。群れる女子は苦手だ。どうせこの後TikTokでも撮るのだろう。
 でも嫌われるのは癪なので、適当に皿を分けたり箸を回したり、仕事をしておく。
 先輩は相変わらずせかせかと小さな体を動かしている。バーベキュー場のスタッフから飲み放題のリストバンドを受け取って、後輩の女の子たちに持参した日焼け止めやら冷却スプレーやらを渡してありがたがられ、肉が全員に行き渡っているか確認する。よくもあそこまで働けるものだ。
 やれやれと横目に見ていた視線をジョッキに戻す。早くも一杯目のビールがなくなりそうだった。
「生もう一杯行くけど誰かいる?」
 同期たちに声をかけると、一人が手を上げた。
「俺行く。ついでにタバコ。今のうちに」
「同意。まだ肉回って来てないし」
「それな」
 バーベキュー場の隅にバーがあり、飲み放題のリストバンドを見せると何でももらえるそうだ。その奥に喫煙所がある。肩身の狭い喫煙者は紙でも電子でも同じ場所に押し込められて吸わなければならない。全然違うのに。分かってないやつらが多すぎる。
 アイコスの電源を入れる。遠くに彼女が見えた。ようやく一息ついたようで、端っこに座ってハイボールをちまちま飲み始めている。あんなに面倒見が良さそうなのに、仕事がなくなるととても居心地が悪そうだった。おしぼりを持ったり置いたり、髪を気にしたりしながら、皆の話を控えめに聞いている。
 何だか、目が離せなかった。知らない部分を、知った気がした。


彼女3

 暑い。パラソルの下に入って休みたい。でもそういうわけにはいかない。後輩たちが待っている。ここで幹事らしい格好をつけておかないと、後で休めない。
 焼くのは男の子たちがやってくれた方が彼らのプライドと女の子たちのために良いので、ごめんね、と言いつつお願いする。快く引き受けてくれてありがたい。正直時代に合っていないような気もするけど、学生大勢を巻き込むときはこうした方が良い。
 とりあえず飲み物があればみんな落ち着いてくれるのでさっさとリストバンドを受け取り、全体に配ってバーに行ってもらう。その間にシーブリーズと日焼け止めを塗りたくり、この後の自分を楽にする。
 飲み物が行き渡ったらムードメーカーの後輩に乾杯を譲り、焼いてくれている肉を食べさせ、みんなが受け取れているか確認する。
「先輩、飲んでますか?大丈夫ですか?」
 肉を焼いてくれている後輩はだいたい優しい。裏表なくこういう気遣いをしてくれる。
「うん、いま取りに行くから大丈夫よ。ありがとね」
 できることがなくなってきたので、バーにハイボールを取りに行く。
「はいハイボールね」
「ありがとうございます」 
 受け取ったハイボールはキンキンに冷えていて、首に当てると暑さが吹き飛ぶようだった。
 もう良い席が残っていなくてうろうろしていると、パラソルの下のベンチの端っこを後輩が空けてくれた。
 ハイボールは美味しい。でもいよいよ仕事がなくなって困る。横の後輩たちは恋バナとTikTokで盛り上がっているし、肉を焼いている後輩は人気があるので絡みに行くと余計な噂が立ちかねない。同期たちは違うテーブルで既に大盛り上がりしていて入れない。とりあえず横の後輩たちの話を聞く振りをする。
 だから仕事をしている方が楽なのだ。居心地が悪くて落ち着きがなくなる。あーどうしよう。
 遠くを見ると喫煙所に彼がいる。遠くて良く分からないけれど、こちらを見ているように見えた。
 まずいまずい。一番知られたくない人にこんなところを見られるわけにはいかない。
 どうにか仕事がないものかと立ち上がり、きょろきょろ辺りを見回していると、いつの間に戻って来ていたのか、彼が真横に来ていた。
「うわ、どうした?」
「あの、俺ココ座るんで」
「え?」
「先輩、焼きそば持ってきてもらっていいすか。肉、全部焼かれちゃう前に作った方が良いと思います」
 びっくりしすぎて一瞬言葉が出ない。彼が私に話す最も長い会話だった。
「あ、うん、そうだね。いま、持ってくる」
「ありがとうございます。先輩のハイボール見ときますね」
「うん、ありがとう」


彼4

 なぜそんなことをしたのか、自分でもよく分からなかった。でも、そうしたかった。
 気まずそうな彼女を見ていられなかった。ただの共感性羞恥かもしれない。
 彼女をバーベキュー場の事務所まで行かせた後、自分のビールを回収して、彼女が座っていた席に座る。
「あ、先輩!BeRealやってます?一緒に写りません?」
 後輩の女の子たちがダル絡みしてくる。
「いやいや、俺はいいよ」
「えー写りましょうよー」
 面倒なので写る。適当にピースする。無意識に、事務所の方に目をやると、彼女が戻ってくるところだった。
「じゃ、俺肉食うから」
 自分のジョッキと先輩のハイボールを持って席を離れ、同期が肉を焼いているところに行く。鉄板を用意しようとしたが急に働くのもキャラじゃない。
「おい、肉食わせろ」
「お前は焼けよ自分で」
「代わりに焼きそばやってやるから肉くれ」
「しょうがねえな。ほいよ」
 トングから食べさせられそうになったので苦い顔をする。やめる気がなさそうなので頭を傾けて肉を頬ばる。熱くて思わず叫ぶ。
「あっつ!」
 どっと笑いが起きる。あははっと後ろから明るい声がした。振り返ると、彼女が焼きそばの麺を持って立っていた。
「あ、ありがとうございます」
「ううん。焼きそばやろっか」
 火傷してない?と聞く彼女は、綺麗な笑顔を浮かべていた。


彼女4

 彼が網を鉄板に置き換えてくれている。どうして急に動いてくれているのか不思議だった。そういうタイプじゃないと思っていた。
「焼きそば得意なの?」
「え?」
「いや、なんか動いてくれるから」
「あー、いや、全然。料理しないので」
 拍子抜けした。作れないならなおさら不思議だ。
「なので、先輩お願いします。代わりにハイボール取ってきます」
 と、まだ少し残っているジョッキを差し出される。
 受け取って飲み干すと、空のジョッキを持ってバーに去っていく。
 何だろう。変な子。こういうところだけ体育会育ちを感じる。普段は全然何もしないのに。そういうギャップでモテてるんだろうか。
 彼女、いるんだろうか。
 でも手持ち無沙汰だったさっきよりずっと良い。野菜と肉を少しもらって、鉄板の隅っこで焼き始める。
「えー先輩焼きそば作ってるー!」
「ほんとだ、美味しそう!」
 後輩たちに囲まれる。ちょっと嬉しい。
「でしょー。今のうちに作らないとみんなお肉全部食べちゃうからね」
 彼がハイボールを持って戻ってくる。ありがとう、と受け取ろうとすると、近くに置いてそのまま去っていく。喫煙所に一緒に行っていた同期のもとで自分のビールを煽り始める。
「先輩、麺が焦げてます!」
 後輩の声で我に返る。
「あれ!ごめんほんとだ!水水!蓋も取って!」
 あたふたしながら蓋をして、麺を蒸し始める。時間を計り始め、ふう、と息を吐いて彼の方を見やる。
 彼はもう同期との話に夢中になっている。後ろ姿しか見えない。
 前より少しだけ、背中が広く見える。


彼と彼女

 5限を終えて、バラバラといつもの場所に集まってくる。サークル、要するに飲み会までの時間を各々過ごす。
 バーベキューを経て動きのあったカップルは3組だった。例年通りだ。くっついたり離れたり、それはもう学生の関係というのは忙しないものだった。
 呆れる。そんな疲れるものを、どうしてわざわざするのだろうか。どうしてそんなに楽しそうに話すのだろうか。
 そんな考えは出さないように、同期とダラダラ話し時間を潰す。
 どこにいるかは分かっている。そっとその横顔を、こっそり視界の隅に入れると、目が合いそうになって思わず目を逸らす。
 何してるんだ。おかしい。どうかしてる。苦手だったのに。いや、今でも苦手なタイプのはずなのに。

 そろそろ時間だ。
「みんなそろそろ行くよー!」
 はーい、と口々に立ち上がるみんなの隙間に、彼が、彼女が見える。
 荷物を持ってみんなを見渡したとき、気を抜いて目が合ってしまう。恥ずかしくなってすぐに逸らす。
 視線をずらす彼は、彼女は、少し笑ったように見えた。

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