泥だらけで泣いている母の姿を見て感じたこども心
今から43年も前の話です。その日も午後から病院へ通院する日でした。
小学校1年生の頃、僕は「特発性血小板減少性紫斑病」と言う、当時でも割とややこしい血液の病気に罹っていました。何かしらの理由で血小板が著しく少なくなり、すぐに内出血を起こしてしまう。だから基本的にはあまり動き回らず、安静にしている事が条件で学校に行くことが許されていました。
毎週木曜日の午後は病院へ行く日と決まっており、学校の給食時間が終わると母が自転車で迎えに来ることになっている。僕の生活していた町は都心からかなり離れており、学校の周りも田んぼしかないような殺風景な場所にあった。また、自宅には車が1台しかなく、毎日父が通勤で使用していたので、当然昼間には車がない。だから母はいつも自転車で僕を迎えに来るのだ。
その日は何故か妹も一緒だった。僕には5つ歳下の妹がいて、毎週木曜日は決まって祖母の家に預けられているはずなのですが、その妹が母の自転車のハンドル付近に座っている。強引に括り付けらた突貫の椅子に座って、ご満悦な表情を浮かべていた。

僕の通学路はロクに舗装もしていない田んぼの畦道。子供の足で少なくとも毎日1時間半くらいかけて通学していた。距離にして自宅から3kmくらいはあった筈です。母は自転車で学校まで迎えに来るのですが、それでも20分くらいはかかったと思われます。
学校から最寄りの駅までは、更に自転車で20分くらいかかり、1時間に1本しかないローカルバスに揺られて、隣町の市民病院まで行くのです。子供の僕には、毎回小旅行している気分だったのですが、この日は月に1度の検査の日。めっちゃ朝から憂鬱でした。
検査と言っても本当に変な検査なのです。血小板が少ないので、当然血液が止まりにくいのですが、看護師さんが耳に傷をつけて出血させ、何分で止血できるのかを計る超アナログな検査なのです。今もあるのかなぁ、僕はこの検査が嫌で嫌で仕方なく、今でも夢に出て来るほどトラウマになっています。
「今日は妹も一緒だ!」何だかいつもの検査の日と比べて、少しテンションが高かったかも知れません。学校給食を食べ終わり、担任の先生とクラスの友達に挨拶を済ませ、母の自転車に飛び乗った。教室のベランダからは先生や友達が皆んなで見送ってくれている。「何だか病気も良いもんだなー」なんて思ったりもしていた。

母の自転車に3人乗り。妹は突貫工事でハンドルに取り付けられている簡易的な子供椅子。僕はサドルに直乗りになり母にしがみ付いている。今なら確実に警察に注意されているだろう。ママチャリに親子3人ので最寄り駅まで20分のサーカスランデブー。
梅雨の時期にさしかかた頃でしたが、天気は素晴らしく良かった。駅までは田んぼの畦道をひたすら真っ直ぐの道のり。しかし、その日はとても風が強かったことを覚えている。しばらく走り続けていると、突然その時はやってきた。
突風が吹き付けたのと同時に自転車の前輪が小石に乗り上げた。
「ア”ゥッ」
と日本語にはない奇声を耳にした。次の瞬間、田植えが終わったばかりの田んぼに自転車ごと真っ逆さま。ほんの一瞬だったが、この時2歳の妹と目が合った。ぱっちり目を見開いて僕を見ながら1回転して田んぼに放り出されようとしている。母の身体も既に自転車のサドルから離れて空中に浮いていた。僕はこの後、殆ど記憶がない。
気がついたら、口の中も泥だらけ、ランドセルも泥だらけ。妹は汚いネズミのように泥の中でうごめいている。母も完全に額から落下したようで、妹の横でモゾモゾ動いている。
「ギャーア”ーーーッ!!!」
と大きな鳴き声が聞こえて我に帰った。鳴き声の主は妹ではなく、母。
それにつられ妹も泣き出した。泥で顔の向きも分からない母、辛うじて目の場所がわかる。妹も泥の中でうごめきながら泣き叫んでいる。幸い誰も怪我は無さそうである。

たまたま近くを通り掛かった軽トラが気づいて近づいてきた。
「何してるのよ?こりゃ大変じゃな、怪我はないか?」
母は「バスゥー、びょーいんでー」と泥だらけで、泣きながら何かを説明しようとしているが、残念ながら全く意味不明。その時、何故か冷静だった僕は「病院へ行く途中に田んぼに落ちてバスに乗れません、多分着替えに戻っていると、僕の診察予約時間にも間に合わなくなる」旨を伝える事ができた。
僕が説明している間、母と妹はまだ泣いていた。運よく、この軽トラの男性は近所の方だったようで、父の顔見知り。軽トラで僕らを自宅まで送って下さっただけでなく、病院の外来まで連れて行って下さいました。
軽トラに揺られながら、「母ちゃん、しっかりしてくれよ」とこどもながらに恥ずかしくなり、「大人ってこんな感じなんだな」と思った瞬間でもあった。今でも母にこの話をすると「昔のことは忘れた」と逃げ出す始末。
今年で75歳になる母は現役で車を運転している。今年こそ、母から運転免許証を取り上げるのが僕の目標。どうしても43年前に自転車もろとも田んぼに突っ込んだ母の姿が忘れられない。泥だらけで泣いている母の姿が忘れられず怖いのです。

最後まで読み進めて頂きありがとうございました。
引き続き、楽しい記事の掲載に努めたいと思います。🌱
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