「転んでも起こすな!」の愛情
昨夜までの雨もすっかり上がり、清々しい春の朝が戻ってきた。数週間ぶりに単身赴任先から帰宅した僕は、いつもの通り犬の散歩を兼ねて自宅前の公園で自分時間を楽しんでいた。
まだ朝の8時だと言うのに、既に親子連れの家族が遊具などで遊んでいる。平穏で暖かい風景はいつもと何も変わらず、周りの風景に溶け込んでいた。
公園のベンチに座りながら犬と戯れていると、小さな女の子の鳴き声が聞こえた。すぐ側にはお母さんが立って何やら話しかけている。
「自分で立ちなさい」
恐らくはしゃいで公園を走り回っているうちに転んだのだろう。女の子の年は、たぶん幼稚園に入園するかどうかくらいだろうか。泣きわめいてお母さんの助けを求めているようであった。
「自分で立ちなさい」
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40年程前のことである。僕がまだ小学生の頃、しばしば帰りの会(ホームルーム)で学校の先生から保護者向けにプリントが配られた。
「ちゃんと持って帰ってお母さんに渡してくださいね」
「PTA通信」や「保護者会のお知らせ」的なものが多く、子どもの僕たちの関心をそそる類のものではない。でも僕はそこに何が書かかれているのか気になり、毎回母に手渡す前に必ず目を通す癖がついていた。この時から警戒心や人を疑う技術が養われていたのかもしれない。ww
「転んでも起こすな!」
配られた保護者用のプリントには、はっきりとそう書いてあった。当時はあまり理解出来なかったが、恐らく「子供のしつけ」的な記事だったと思います。それほど興味はなかったが、何故か鮮明に記憶に残っている。母から転んでも起こされたことがなく、毎回必ず「自分で立ちなさい」と言われてきたからです。
幼稚園から小学校3年生にかけて、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)と言う厄介な病気に罹患していて、ちょっと転んだだけでも簡単に内出血を起こしてしまうような状況でした。今では難病指定されているものの、既に治療薬が開発されており重症化するケースは稀のようです。ただ当時はこれといった特効薬もなく、訳のわからない紫色の顆粒と白色の粉末を毎日ひたすら飲み続けていました。
病気の影響だったのか、よく立ちくらみが起きて転んでしまうことがありました。貧血だったのかもしれない。それでも、その度ごとに母からは「自分で立ちなさい」と忠告されていた。
とても優しい母でしたが、それでも「自分のことは自分でやる」「人に頼らない」」の教えを、病気であろうと無かろうと、お構いなしに叩き込んだのだと思われます。だからこの歳になっても、単身赴任生活が長く続いても、何とか一人でやっていけるだけの力がついているのかもしれない。
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「自分で立ちなさい」
そう優しく声をかけ続けるお母さんと、僕の母とが重なって見える。しばらくすると小さな女の子は諦めたのか、ジタバタするのを止め、ぶつぶつ文句を言いながら、自分で起き上がって砂のついた手をパタパタしている。顔にはまだ涙と鼻水が砂と混じってくっついている。
「はい、よく頑張ったね」
お母さんも小鳥の様な優しい声で女の子を褒めている。そして一緒になってパタパタしている。
残念ながら記憶にはありませんが、きっと僕の母も同じようにパタパタしてくれていたのだろう。一緒にパタパタしてくれたお母さん、この小さな女の子の記憶に残って欲しいなと眺めていた。
気がつけばこの公園にも沢山の小鳥たちが集まって春の囀りを始めている。春はもうすぐそこまでやって来ていると感じます。

最後まで読み進めて頂きありがとうございました。
春はそこまで来ていますね。季節を思う存分に堪能したいです。🌱
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