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心の扉を開けてあげると、人は成長して歩きはじめる

週末の恒例の行事が始まった。
妻とショッピング随行である。


妻とショッピングにお出かけ聞くと、平穏な日々なんだと想像するだろうが、実際には少し違う。運転手、荷物持ち、不平処理、スポンサーの役割が待っている。


「馬をひけーい」
「へーい」


時代劇でよく聞くフレーズ。
まさにこんなイメージが漂う週末の恒例行事です。


妻の洋服の物色や試着に付き合うと、いつも速攻でお腹いっぱいになる。
少し頭が痛いなどと適当な理由をつけて、フードコートのテーブルで本でも読もうと企んだ。


実際にフードコートに来てみると、コロナ禍と言うのに意外と人が多い。
子供連れの家族なのかな。僕と同じような下働き的存在の中年男性はいるのだろうかと、キョロキョロ周りを見渡してしまいます。


僕の隣のテーブルは小さい男の子と老夫婦。きっとお孫さんなんだろう。
男の子は何やら相談しているようだ。そこで、いつものようにこっそり耳をたててみることにした。


孫 「ママが習い事行けって言うけど、僕はサッカーがしたい」
老人「うん、うん、サッカーがしたいのね」
孫 「だから、どうして良いのか分からなくて...」
老人「うん、うん、迷ってるんだね」
孫 「サッカーがいいな」
老人「サッカー、カッコいいもんね」


この会話聞いてハッとしました。
コーチングしてる。


老夫婦は男の子の話をちゃんと聞いているが、明確なアドバイスを出しているわけではない。悩みを聞き出しながら、決して話を遮らずに続けているではないか。アドバイスを出すのではなく、淡々と男の子の発する言葉をオウムの様に繰り返しているだけです。


男の子は自分の主張を少し違った表現で繰り返され、きっと理解してもらえたんだと感じたのでしょう。満足した表情がその証です。凄い。


サッカーをやらせてくれる条件であれば、何かの習い事を頑張ると決意した様子。やりたくないと主張していた男の子が、老夫婦との会話を通して、短時間で「頑張ってみる」に変わっている。


本当に凄い。「心の扉」って奴だな。
これは、子供教育だけでなく、学生、社会人、上司と部下、夫婦関係でも応用できる。


先ずは信頼して「自力」で答えに辿り着けるように支援する。
心の扉を開けてあげることで自分で歩き出す。自分の考えを押し付けていているばかりでは、人はいつまで経っても成長しない。


確かにそうだ。
コーチングの研修をする時に、よくお腹の減った人の話を例に出す。
目の前に餓死しそうな人に魚を釣ってあげるか、釣り方を教えるかの例え。


魚を釣ってあげるのではなく、釣り方を教えろと言うくだりです。
所謂、ティーチングとコーチングの違いって奴ですね。


魚を与える。要するに、無条件で助けてあげるだけでは単なるその場凌ぎになってしまう。その場を凌ぐことはできるだろうが、根本的な問題はいつになっても解決されない。


でも、釣り方を教えてあげれば、解決の糸口を本人が見つける。
釣り方を教わることで、将来的に自分で船を作り、海へと漕ぎ出して未来の魚を釣るかも知れない。


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ここで重要なのは、今できなくても良い。相手を信頼し、受け止める。
話の腰を折らずに先ずはしっかり話を聞く。この態度が伝わると、相手はそれに応えようとする。やる気が出はじめ、潜在能力を引き出すことができる。


手足をとって教えたくなりがちですが、逆に茨の道を用意すれば良い。
これが人を成長させるヒントなのだろう。


「ん?」
遠くから声がする。
妻が僕を呼ぶ声だ。


妻の心の扉は確かに開いている。
その扉は僕を収監させる牢獄の扉のようだ。


どうやら気に入った服が見つかったのだろう。
今日も僕は「財布の扉」を開けなければならないのか。


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