ショートショート「赤とんぼ」 ※虹色創作部
「なぁ、何でお前の竹刀にトンボが彫られてんの」
少年が竹刀を手に取りながら、柄に小さく彫られたトンボをマジマジと見て呟く。
まだ10代の、坊主頭の少年。
剣道着を着て、ベンチの背もたれの上に座っている。
「知らないの?」
その隣に座る、少年よりもやや大人びた顔立ちの少女が答える。
髪を短く切りそろえ、セーラー服を着た少女。
整った顔立ちを崩すことなく、淡々とした口調で続ける。
「トンボって、前にしか進めないの。それにちなんで、前に進み続ける剣士になれるようにって意味で彫られているのよ。結構、彫ってる剣道家は多いよ」
「ふーん」
少年が空を仰ぐと、そこかしこに飛び回る赤とんぼが、確かに後退を見せることはなかった。
少年が、少女に竹刀を渡す。
少女は竹刀を受け取り、背筋を正したまま竹刀袋に入れる。
それから、立ち上がり、防具袋を担いで歩き出す。
少年は、凛とした少女の背中を見て、告げる。
「なぁ、ホントに県外の高校に行くの?」
少年の声に少女は立ち止まり、振り向いて答える。
「ええ。全国常連の名門校からスカウトされたんだもの。もっと強くなりたいから、行くわ」
少女の真っ直ぐな、信念の宿った瞳に見つめられ、少年は目を逸らしてしまう。
「そうか。……俺も強くなるから。その時は………」
少年の精一杯の勇気は、想いを言葉にしてくれなかった。
「そう。先に高校に行ってるから、浪人しないようにね」
少女は澱みなく、それだけを告げて、夕焼けに染まる公園を出ていった。
お互いに、相手の赤く染まった頬に気付かないまま。
赤とんぼが、残された少年の周りを飛び回る。
少年は、おもむろに自分の竹刀を取り出し、持っていた竹刀削りで、柄本にトンボを彫る。
それから、彫ったトンボを赤いペンでなぞる。
少年の竹刀に赤とんぼが宿る。
「強くなる。絶対に」
少年の赤い決意の呟きは、夕空へと溶けていく。
いつも少女と一緒だった帰り道。
少年は、前へ飛び続ける赤とんぼとともに、一人歩き出した。
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