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嫌いなお金をキャンセルする話|対価は、なにではらうのがよいか🐭

お金を嫌う人、多いですよね。

どうも、シオです🐭

「金の話ばかりするな」 すっ、すいません!
「資本主義は醜い」 そっ、そんな。
「本当に大事なのは愛や思いやりだ」 ですよね〜

そう語る人もいます。

だったら、無くしますかということで

もし本当に、
“お金の存在をキャンセルした世界”
を作ったら、そこでは何が起きるのでしょうか。

まず考えなければならないのは、
お金そのものではありません。

お金が担っている“役割”です。

あたりまえですがお金とは、
単なる紙切れではありません。

「あの人の労働」と
「この人の願望」を、
効率的に接続するための共通規格です。

例えば、ディズニーランド。

「リバ鉄に乗りたい」人が、
「リバ鉄を安全に運行する」人へ
お金を払う。

それだけで、
“願望” と “労働” が即座に繋がる。

つまりお金とは、
他人の時間・技術・生産物を、
自分の欲求実現へ接続するための装置です。

人は、一人では何も始められません。

例えば、
「ミニーちゃんの絵を描きたい」
と思ったとします🐭

するとまず、
画材が必要になります。

では、その画材は誰が作るのか。

自然の顔料を使って描くとしても、
顔料そのものは必要です。

しかし、自分は“顔料を作りたい”わけではない。

“今すぐミニーちゃんを描きたい”んです。

すると、
誰かに顔料を作ってもらう必要が出てくる。

では、
その相手に何を差し出すのか。

もし対価が存在しないなら、
「顔料づくりを趣味にしている人」
を探し回り、余っていたら譲ってもらうしかない。

しかも、
それが毎回必要になる。

とてつもなく “非効率” です。

つまり、
「お金のない世界」とは、
“対価交換を極端に不便化した世界”
とも言えます。

もちろん、
こういう反論はあるでしょう。

「人は善意で助け合える」
「感謝があれば成立する」

確かに、
小規模な共同体なら成立します。

家族。
友人。
村社会。
ファンコミュニティ。

人は、
愛情、承認、誇り、所属感といった、
“非貨幣的対価”でも動くからです。

しかし、
それだけでは巨大社会は回りづらい。

なぜなら、
それらは関係性依存だからです。

近しい関係では機能する。

しかし、
遠距離・大量・匿名社会には向かない。

例えば、
見知らぬ誰かが作った顔料を、
世界中の誰かが受け取る。

そこに、
家族愛や仲間意識は成立しづらい。

だから人類は、
巨大社会を成立させるため、
“誰にでも通じる共通価値”
として、お金を発明したわけです。

つまりお金とは、
資本主義の象徴というより、
“人間活動の圧縮装置”
なのかもしれません。

では、お金を消した世界で、
例えばディズニーランドを作ろうとしてみる🐭

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