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自分で決める感覚を失う恐怖| 間違いではない。でも、それはあなたが決めたのか

どうも、シオです。

私は、上司に怒られることよりも、お客様に怒られることよりも、もっと恐れていることがある。

それは、
「自分で決める感覚を失うこと」だ。

私は定例会そのものが悪いとは思わない。

ただ、大きな組織、特に歴史の長い大手企業ほど、定例会という仕組みを好む傾向があるように感じる。

本来なら、与えられたミッションに対して、

・自分で計画を立てる
・進捗を管理する
・問題を発見する
・原因の仮説を立てる
・対策案を考える
・必要に応じて周囲に相談する

そんな流れで進めることができるはずだ。

自走できる人は、この一連の流れを自分の意思でどんどん回していく。

しかし、仕組みに依存し続けると、少しずつ感覚が変わる。

気付けば、
「次は何をすればいいですか?」
「どう判断すればいいですか?」

と、自分で決めればいいことまで誰かに聞くようになる。

そして怖いことに、その状態に慣れてしまう。
自分で決める感覚を失ったことすら忘れてしまうのだ。

何かを判断するとき、

・誰かの経験
・誰かの実績
・誰かの価値観

を参考にすること自体は悪くない。

しかし、それらに盲目的に従うようになると、自分の人生のハンドルを他人に預けることになる。

いつもディズニーの話で伝えていることと同じである。

SNSを見れば、

「絶対に乗るべきアトラクション」
「絶対に観るべきショー」
「このルートが正解」

といった情報が溢れている。

もちろん参考にするのは悪くない。

しかし、その通りに動いた結果、本当にあなたの理想の一日になるとは限らない。

絶叫が苦手な人もいる。
ショーを眺めながらのんびり過ごしたい人もいる。
グッズや風景を楽しみたい人もいる。

本来、特別な一日の正解は人それぞれ違う。

それなのに、他人の価値観をそのまま借りてしまうと、自分だけのディズニー旅行ですら、誰かの正解をなぞるだけになってしまう。


さて、少し話は変わる。

昭和の価値観を振り返ると、

・親が決める結婚
・家を継ぐ
・終身雇用
・村社会

こうした生き方が一般的だった。

現代の感覚からすると窮屈に見えるかもしれない。
しかし、それは当時の人たちが愚かだったからではない。

むしろ逆だ。

当時は、

・情報が少ない
・移動が難しい
・転職が難しい
・個人で稼ぐ手段が少ない
・社会保障も今ほど充実していない

そんな時代だった。

つまり、個人で生き抜く難易度が高かった。

だからこそ、

「親の言うことを聞く」
「家を継ぐ」
「会社に勤め続ける」

という選択は、個人の自由を制限する代わりに、生存確率を上げる合理的な仕組みだったのである。

実際、

・大企業に勤める
・結婚する
・子どもを育てる
・持ち家を持つ

こうした選択をした多くの人は、

・飢えない
・路頭に迷わない
・孤立しにくい

という恩恵を受けてきた。

先人たちの知恵の集大成であり、平均点の高い成功パターンであることは間違いない。

しかし、

「間違いではない」と「自分で決めた」は別の話だ。


興味ないかもしれないが
ここで少し、自分の話をしたいと思う。

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