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これを知れば怖くない…重度うつ病 リアルで壮絶体験全15話  前編

まえがき

現在42才を迎えた宮崎市在住のたっつん@です😊20代半ばからトラック運転手をしていましたが、35歳で転職後、うつ病を発症。自分がうつ病になるはずが無いと軽く考えていました…6年間の闘病を経て、ようやく寛解。僕が体験したリアルで壮絶な出来事を、うつ病を抱える皆さんと共有し、同じように苦しむ人たちへ「大丈夫」と伝えたい事と、ちょっとした参考になれば…と自身の経験を綴ります。仕事への情熱、転職による環境変化、そしてうつ病の症状変化…多くの同じ苦しみを抱える仲間の皆さんに共感と勇気を与える事が出来ればと願っています…前編ではどのような症状だったのか…書き起こしていきます…

第1話 転職後に…不思議な体験…

運送会社を退職後、すぐに顔見知りだった社長さんが営む外構工事の会社へ就職した。社長さんからも真面目で良い性格だから…うちに来てくれないかと言うお誘いの言葉も貰っていた。その仕事ぶりで周囲の期待に応えようとした。幾つかの現場を仕上げ、次の現場は元々は石倉だった切り出し石を使って、玄関前アプローチの両脇に花壇を造る。花壇が完成し、石の汚れを落とす作業。1枚だけ妙に気になる汚れ方をした石があった。その日の仕事を終え帰宅…
体調に異変を感じ始める。当時の妻に「同じことばっかり言ってるよ…」と注意されたり、身体の重だるさ、集中力の低下、自信喪失など、うつ病の症状が顕著に現れ、作業の遅れが出始める。
先輩から叱責されてしまい、さらに自信を無くしていく自分になっていった…。
1週間程様子を見ましたが、状況は変わらず休み明け月曜日の朝礼後、悔しさの余りに感情が込み上げボロボロと涙を流し、体調の余りの悪さを社長に報告した事を覚えています。その社長もまた、会社立ち上げ当時大変な苦労をされ、うつ状態だった事を打ち明けて下さり、すぐ病院を受診するよう促し帰宅させてくれた。
病院受診の結果、自立神経の乱れによる適応障害との診断…2週間の安静。休業の間も切り出し石の事が妙に気にかかり、日南市に凄い除霊師さんがいると言う噂を聞き相談する事に…。
聞き伝えられた住所の自宅に昼過ぎから向い、インターホンを鳴らしますが不在。諦める事ができず、帰宅を待ちます。時間が過ぎ夕方17時頃…作業服はペンキで汚れきった、いかにも仙人かと思わせる無精髭と長く乱れた白髪の年配の男性が帰って来た。半信半疑でしたが、声を掛けてみる事に…
話してみると日南方面特有の優しい語り方口調で対応して下さり家に上げていただいたのです…
服装にも見える雑然とした部屋に仏壇と幾つもの御札…修行中のものと思われる額縁に入った写真。
あぁ~こんな人にも除霊出来るんだ…と疑う心しか無かった事を覚えています。
白い紙を渡され、名前・年齢・住所を書いてよ〜と部屋を出て行った。それを書き終え待っていると、500mlの缶を手に部屋へ戻ってきた。
それが何と…レモンチューハイ!しかもアルコール度数は高い方…缶の蓋をあけ、グビグビと音を立てながら飲み始めました…(笑)
まぁ、外仕事で暑かったでしょうし、仕事終わりで酒を1杯ひっかけたかったのでしょう…疑いが更に高まり笑うしかありませんでした…
しかし、除霊が始まると状況は一変した。
御経を上げ念術を唱え始める。受話器を持つように耳に手を当て、友人と電話で話しているような話し方で、僕が切り出し石の作業をした現場の状況を次々と言い当てていくのです…まるで現場が見えているかの様に…そして、その石はと言うと、その地の先人が苦労し、貯めたお金で建てた石蔵で大事にされていた。その念がこもった石で、僕があまりにも洗い流したり削ったりしたものだから、怒ってらっしゃいますと…心が優しい人には乗っかり易いんだよと…霊感がある訳でもないし、頻繁にお墓参りをする人間でもない…ただ平凡な人間でしたが、的確に言い当てられると、疑う余地のない経験でした…
お祓いを終えて車で帰宅する頃には身体が嘘のように軽くなり、少しばかりか、心が軽くなった事に気付きます。しかし、頭の方は魂を抜かれモヤモヤ…と霧がかったような感じに…と同時に不安感と自信のなさが鮮明に表れる状態になったのです。
これがうつ病の症状の始まりでした…

第2話 不眠と覚醒

病院で処方された薬を飲み続けると…更に身体に変化が起きはじめた。身体と目は閉じ寝ている状態なのに、不安な事が次々と頭を過ぎり、脳内が暴走し始める。他人から見れば、寝すぎじゃない?…と思われる程、横になっている。脳内がグルグルと渦巻き、当然意識もあるものだから、全然眠ってる感じがない。
陽が沈み夜になると更にその症状が強く現れ、電気を消して寝ようとすると恐怖感で寝付けなくなりました。強い睡眠薬を貰い飲んで眠りにつくが、寝てもせいぜい3時間…。もうこれはダメだと思い、社長に事情を話し、3カ月程度しか勤める事ができませんでしたが、治療専念の為に退職させて頂く事に…。元気になったら、またうちに帰って来いよと…嬉しい言葉でしたが、自信を無くした僕には返事する事ができませんでした。
仕事を辞め治療に専念すれば良くなる…そう期待しましたが、状態は更に進行。夜の恐怖感から脳内が完全に覚醒し、目がバッチリと見開くようになりました…そうなると丸2日間不眠で過ごすこととなりました。食も細り体力、気力もなくなり、身動きすら取れない…身の限界を感じた。良く災害で耳にするデッドゾーン72時間…この意味が良く理解できる出来事でした。このような時、病院に電話し鎮静の点滴を入れてもらい、グッスリ深い眠りに就く。
退職後、2ヶ月の間に3度このような状態になりました。その度に病院へ駆け込み点滴治療。何とかこの状態を脱出することが出来ました。

第3話 天上裏から謎の声?

症状の状態によって、薬も次から次に代わっていきました。精神薬といっても、何十種類…睡眠薬も十数種類。他に、よい病院は無いかと探し、時には漢方薬も服用。それでも不眠の症状は続いていた。
薬によっては、副作用の症状が強くなる事もあった。天上裏から真っ黒クロ助を想わせる、黒影が呼びかけてくるのです。いわゆる幻聴…お前はもうダメだよー…/今日◯ぬしかないね…◯のう…◯のう…そのような黒影が、投げ掛けるように言葉を浴びせて来るようにもなっていた。その時はまだ状態が悪く、起き上がるのもやっとで、リビングからトイレまで歩いて行く気力もない。何度となく這いつくばってトイレに行った事でしょうか…日によっては調子が良くなったり、悪くなったり…浮き沈みがあり、外を軽く散歩したり日光浴くらいは、何とかできた。ふとした瞬間、高いマンションを見上げたり、高い橋から川を見下ろしてみたり…この時に普通に動ける気力があったなら…どんな行動に出ていたかも分かりません。辛うじて理性が働く状態にあったので救われた…

第4話 全身痙攣で救急搬送…

幻聴の事から更に自律神経が乱れ、恐怖感が増すばかり…暗い部屋に居ると、強烈に謎の声が降り注ぎ、カーテン全開…電気も一晩中点けておかなくては居られない状態になった。時には、僕に懐いていた、中学生の娘の手を強く握りしめ寝る事も…本当に気が狂いそうでした。薬との相性が悪いとき、陽が沈み暗くなってから、朝方にかけて恐怖感が増し全身が引付痙攣を起こす様になった。軽いと5分程度…長い時は30分…さすがに救急搬送され点滴で落ち着く。このような事が3度…4度…不眠、謎の声、痙攣の症状は外構工事の会社を退職してから半年程過ぎる頃まで続いて行った。

第5話 テレビの音声が何を言ってるのか理解出来ない…記憶出来ない。物忘れが酷い。

仕事が出来なくなって約8ヶ月の間、様々な症状に苦しめられた。その度に病院の先生に相談し、薬を変えたり量を調整したり、飲む回数を変えたり…寝た切の状況から回復し、テレビを点け時々見るようになった。ドラマを観てもストーリーが全く理解出来ない。ニュースを観ても何を言ってるのか理解出来ない。何をするにしても、全く記憶出来なくなりました。だからメモ帳にも書き留め、見返すが…自分で書いたはずなのに、何の事だか分からない…スマホを何処に置いたか、いつも持ち歩くバックの中にある財布を何処に入れてるか、更にはお金の計算ができない…。此処は宮崎県…全国的にみても公共交通の便が悪い。宮崎市といっても、街なかから外れれば、電車だって、バスだって1時間に2便有れば良い方…自家用車が無いと生活に支障がある。当然、僕も車で外出する。しかし、車の操作に違和感を覚え、発進するまでに、ギアを何度も確認する…。車が前に進むと不思議な感覚になる。まるで自分が運転している気分ではない…元トラック運転手。車の運転も恐怖に感じる…。恐しくて運転することすら出来なくなった…。
若年性アルツハイマーを患ったかの様に感じたのです。

第6話 脳神経外科の先生との出会い…受診待ちの時間の長さに疲れる…

若年性アルツハイマーの危険を感じ、脳神経外科を受診する事に。記憶力の確認をする、幾つかのテスト…頭のMRIを撮り診察…先生と話する時間があった。その先生もまた開業当時、多額の借り入れをし独立したそうで、うつ病になったと…話して下さいました。MRIの結果からすると、うつ病を患うと少し脳が下垂し記憶障害がでたり、忘れ事が多くなるらしい…続けて先生が、「大丈夫!しっかり治療すれば治っていくんだから…僕だって治ってるんだよ。ここでは、うつ病の治療出来ないから病院紹介するよ。しっかり直しておいで…!!」背中を押してくださり、別な病院へ行く事に。これで病院も4箇所目…。流石に受診待ちの患者さんが多い…時には2時間待ち。ただでさえ調子悪いのに…待ち時間が長く気分が悪くなる。冷や汗や脂汗が流れる事もあった。どの病院も診察は10分程度で終わる…帰る頃にはクタクタに疲れきっていた…それでも、よい先生に出会えたのか…自分に合う薬が当たったのか…調子は段々と改善されてきた。記憶障害は少し残るものの、物忘れは減り、ドラマを観るとストーリーが理解出来る迄に回復した。

第7話 1年2ヶ月のブランク再就職…車のミラー組み立て、配線組み立ての単純作業 

1年2カ月振りに自動車関連部品工場に再就職できた。ただ、うつ病を患っているとは言えず隠して入社…最初に配属された部門はミラー型枠に、ガラスを組み込み、出来上がった製品を、テスト機械に通すという誰にでも出来そうな作業。実際に若い女の子、年配の男性だったり…。
テスト台にセットすれば、機械が自動で圧力テストしてくれる。製品にはロット番号があり、ある一定数量をテストすれば、次工程へ運搬し簡単な雑務をして業務を回す…入社当日は教えて貰いながら見学…翌日から…いざ自分の番。同じ事しているはずなのに不良品が連発する……不良品になった物を他の人にテストしてもらう。ほんの少しひねって機械に乗せると合格品に変わる。そのひねりの感覚…全く訳が分からなかった…間違った置き方はしていない…。当然、毎朝の朝礼時には前日の各工程不良品率が解析され発表される。担当者名まで…入社して1週間、課長、社長から叱責された。僕に作業を教えてくれた方まで、厳しく言われていた。申し訳なさと悔しさが溢れ出る…毎日落ち込み、帰宅する度に玄関で大泣きした。元妻の前、実家に寄っては、両親の前で…。翌週、違う部門に行く事になった…こちらの部門は、より簡単。工具を使って、端子と配線を圧着させるだけ。ただ端子が変わると使う工具も変わる。うつ病の症状がまた悪化した…作業を教わりメモしても工具の取り扱いに手惑う。端子の形を絵に書いてメモしたが、使う工具が分からなかった。何とか圧着するが、人より倍程の時間が掛かる…単純作業なだけに時間が過ぎるのが遅い…。業務の間に10分の休憩がある。タバコ🚬に火を点け、缶珈琲を飲む…。これでやっと頭が冴える…。1日で3日分の仕事したように思える程、時間経過が遅かった。
入社後10日目、退社する前に課長の処へ向かう。迷惑かけっぱなしで自分には合わない…今週いっぱいでの退職願いを申し出た。何としてでも、この会社から逃げ出したい…。
翌日の朝、課長より報告を受けた社長は怒りまくっていた。朝礼後に呼び出された。今日の仕事は「工場敷地内の掃除と雑草処理と排水溝の掃除…」社長直々に告げられた。
その日は雨だった。朝からシトシトと降り続いている…たまにザーっと音を点て降る…まるで罰ゲーム。
合羽は渡されたが、ずぶ濡れになる…。ひたすら掃除した。掃除嫌いではない。寧ろ、きれい好きな方だから全く苦ではない。多くの社員にその姿は見られていた。負けん気の強さと、根性だけは人並み以上にある。3日連続で耐え抜いた。
土曜日の仕事を終え、課長の処へ挨拶に行く。「すぐすぐは辞めさせられない…1ヶ月居てもらう…」そう告げられた。愕然とした…次翌週、工場の隅にある不良品置き場に連れて行かれた。不良品を解体して廃棄してくれと言われた。完全に逃げ出したい気持ちだけだったが、残り2週間耐え抜いて退職した。

第8話 一般家庭ゴミ収集の会社に就職…

自動車部品組み立て工場を退職し、1ヶ月休養した。また症状は改善されて来た。次は知人の紹介で、人員補充が出た、一般家庭ゴミ収集会社に入る事が出来た。僕にはこれ以上、休んでいる余裕は無かった。実は…運送会社を辞める半年前に、新築の家を建てていた。それと同時に翌年高校受験を控える娘、部活を懸命に頑張る息子が居た。住宅ローンと学費、受験に向けて塾に通い始める娘の為に、安い給料でも、お金を稼がなくてはいけません。共働きでの生活はギリギリでしたが、貯金を切り崩し、子どもの学資保険を解約したり…何とか生活を維持していた。 元トラック運転手…4年間は九州管内ルート配送、後の3年間、新築外構・リガーデンの工事が入れば、隣の鹿児島県、県内の山奥であろうと、街なかの住宅地、狭い道。3tトラックが通れる限り商品を現場へ納入して来た。1回行けば次はナビ無しで行ける程、道に詳しくなった。しかし、またうつ病の症状が現れる…原因は分かっていた。家庭ゴミの出る量は日々変わる…割り当てられたルートを回ってみないと何処まで行けるのか、積み込める量が把握出来ない…それに周り切れなかった分を仲間のパッカー車に応援要請掛けなければならなかった。目先が見通せない。時間と仲間に対して、大きなプレッシャーを感じる。焦れば焦るほどに…。
パニックになり自分の生活する地域なのに、途中、回収ルート順が分からくなった。休みの日も同僚の時間を借り、回収時間に合わせて通るルートを確認した。プレッシャーが無ければ順調に回る事が出来た。だから、同僚にはその意味が分からないらしい…。
2年で転職3回…。僕のメンタルは完全に凹んでしまった。そんな自分が情け無くて、母親の前で幾度となく子どものように泣いた。
母親もそれなりに、うつ病に関する本を何冊か買い勉強してくれていた。それなのに、泣きわめく息子を目の前にすると、どうにも出来なくて…。
一緒に母親も泣かせた。
30代後半になった大人が、いつまでも親不孝者である。3カ月で退職してしまった。


続きは後編で…改善の方へ向う事が続いていきます。後編が気になる方は有料(300円)になりますが…
あなたにも最大ピンチをチャンスに変えるきっかけとなるかもしれない…内容をお届けします。
後編もお楽しみにして下さいね…☆😊
ここまで読んで頂き、本当に有難う御座いました。
感想頂けると嬉しいです。
誹謗中傷…無視します。  by たっつん@🤗


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