生きる意味が分からない
生きる意味が分からない
生きる意味は学校で教わりませんよね
父や母からも教わらないです
「何で生きてるの?」と質問したら
大体、変に心配されて
結局、回答も貰えないままです
そして、やがて誰にも聞かなくなる
この問いを立てることは
多分よくないことなんだろうと
思ってしまって自分の心にしまい込んでしまう
生きる意味はあるのか?と
純粋に問う気持ちは大切だと思います
生きる意味が分からない心に
気付かなかったら
今が幸せでも、なんか物足りない
知らず知らずのうちに
心の闇が深くなっていくのでは
無いのでしょうか
精神的に追い込まれているかどうかに関係無く
何かしら心に闇を抱えながら生きてるのを
我慢するのは苦しいです
怪我をした時のような
ハッキリとした痛みでは無いにしても
常に自分の心に居座り続けるのです
じゃあ、生きる意味はあるのかというと
あります
それは分かりやすく言うと
人として生まれて来れて良かったと
思う心を獲得することです
そんな心は
暗い気持ちになり
生きる意味を問う人ほど
想像できないでしょう。
ただ、850年前にいた
親鸞という人は
4歳で父を8歳で母を亡くされて
人の死を身近に感じて
それでも生きる意味は何なのか?と
問い続けながら生きた人です
その親鸞が伝えたかったのは
お釈迦さまの教えであり
それが
人として生まれてきて良かったと
思えるこれ以上ない幸福感です
そんな心を獲得するために
浄土真宗の布教使は
日々、聴聞の場を提供しています
聴聞というのは仏教の教えを
真剣に聴くことです
仏教は心の鏡です
法鏡と言われるように
人のありのままの姿を写します
聴き続けることで
人の心が分かってきて
どんな心を持てば
人として生まれてきて良かったと
強く思えるのかを理解できます
是非とも親鸞会でも良いですし
他の僧侶の話でも良いです
仏教を真面目に教えていただける人の
話を聞いていただけると幸いです
ここまで読んでいただき
ありがとうございました
