ねえおかあさん(ショート)
ねえおかあさん。おかあさん。おかあさんってば。
ちょっと。もう、いつまで化粧してんの。
いつも長いんだから。早くしてよね。
化粧なんかしても、なんも変わんないってば。
あーあ。つまんない。つまんない。つまんない。
ぶー。
…………ふへ……えへ。えへへ。おかあさんちょっと、こっち見て。
ちょっと、こっち見て。
ちょっと早く。早く。早くこっち見てって。
……え? え! なんで分かったの? なんで?
うそ。僕のこと見えてんの? あ、ほんとだ、僕、映ってるじゃん。
なんだあ。おどろかそうと思ったのに。
これね、学校で作ったやつ。今度ね、僕、鬼役やるから。
すごいでしょ! 頭の毛糸。
これ、2班でね、みんなかぶるの。
おかあさんもかぶる? あははは。
……もう、まだ終わんないの。遅いよ。早く。
あれ。うわあ。おかあさんの顔、なんか変なの。
口紅、すごいはみ出てるよ。あはは。
…………あれ。……おかあさん、変なの。
違うの。変。変なの。口が大きいの。
違くて。口紅じゃなくて。口がおっきくなってるの。
あ。目も変。すごい小さくなってて、黒い。目の中全部真っ黒。
やだ。やだやだ。待って。こっち向かないで。
振り向かないで。やめてね。絶対こっち見ないでね。
変だよ。なんで。お母さん。なんで変なの。
あ。あ。僕も。あ。僕も変になってる。あ。変になってる。
顔がでこぼこになってる。あ。おでこに口ができて、中から僕が出て来る。
僕の両方の口から小さい僕がいっぱい出てる。
僕、背が伸びてる。細長くなって伸びてる。お腹のところが細くなってちぎれちゃって、ちぎれたところからおかあさんが出て来て、小さい僕を掴んでどんどんほおばって、僕は怒っておかあさんの首に巻き付いて、おかあさんは口から泡を出して真っ青になって、僕は真っ黄色になって笑ってて、部屋が真っ赤で。あ。あ。あ。助けて、おかあさん、おかあさん、おかあさんちょっと、ねえおかあさんちょっと、こっち見て。
鏡を見る。私の後ろにいるのは、いつもどおりにこにこ笑う息子だ。
「もうちょっとで、化粧終わるからね。」と、私は震える声で言った。
鏡の中の息子は「もう。遅いよ。」と言って頬を膨らませる。
背後からは息子の泣き叫ぶ声が聞こえる。
振り返ることは、できなかった。
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