「禁断の扉 」

「おい!何考えてる?なあ、やめとけよ。将太。」
シンの言葉が耳の奥に残っていた。
——そこは立入禁止区域。
「大丈夫だって、ちょっと覗くだけだからさ。」
将太は笑ってそう言った。
シンはあきれ顔で
「バカなことすんな!立ち入り禁止だ!
    読めねぇ〜訳じゃねぇ〜だろ!」
と呟いたけど、将太の耳には届いていなかった。
それから数時間後、彼は一人でその場所に いた。
目の前に広がるのは、錆びついた鉄柵と 「立入禁止」の看板。 風に揺れる看板がギシギシと不吉に 鳴っている。
--- 廃工場の入り口で、「立ち入り禁止」の看板が輝く中、
将太はその看板を一瞥すると ニヤリと笑った。
「ダメって言われるほど、行きたくなるよな!」
自信たっぷりな声が響き、彼は一歩ずつ 工場へと進んでいく。
「ほんの少しだけ、見て帰るだけなら……」
好奇心が勝った。
ダメだとわかっていても、 どうしても見たかった。
フェンスを乗り越えた先にあったのは、 巨大な廃工場。
外壁はボロボロに崩れ、 窓ガラスはほとんど割れている。
空を見上げると、灰色の雲が静かに 流れていた。
「……やっぱ、戻るか?」
一瞬だけ迷いがよぎる。
でもその瞬間、風が吹いて中から カタリと音がした。
「……誰かいる?」
いや、違う。
ただの風だ。
将太の心臓がドクン、と大きく跳ねた。
けれど、その鼓動さえも
「もっと知りたい」
という衝動に塗りつぶされる。
彼は工場の周りをぐるりと歩き、 侵入口を探し始めた。
そして、見つけたのが屋根の近くにある 割れた窓だった。
「いける……!」
木を見つけて登る。
足場は不安定だったが、
将太は腕の力で 無理やり体を持ち上げた。
「あと少し……」
その瞬間——
バキッ!!
枝が折れ、バランスを崩した。
「うわっ!」
将太の体は窓ガラスへと真っ逆さまに 落ちていった。
「ぐぁっ……!!」
鈍い衝撃とともに背中を打ちつける。
周囲には錆びた鉄屑や割れたガラスが 散らばっていた。
腕に走る鋭い痛み。
見ると、シャツが血で染まっている。
「や、やべぇ……」
足を動かそうとしても、
膝がガクガク震えて言うことを聞かない。
「……これ、マジでやばい……」
顔面から血の気が引いていくのがわかった。
さらに最悪なのは、
将太の体にはバイタルモニターが付けられていること。
シンが管理していて、異常があれば即座に 通知が行く。
「バレる……バレるって……」
シンにバレたら、まず怒鳴られる。
それだけならまだいい。
でも、治療が待っている。
——将太は治療が大の苦手だった。
消毒液の匂い、傷口に沁みる痛み、 縫合の感覚……
考えただけで背筋がぞわっとした。
「……なんとか言い訳を……」
だが、頭は回らない。
 なんとかポケットからスマホを取り出し、
ニックの弟子である翼に救援を求めた。
「翼!大変なんだ、助けて!」
翼は電話越しにため息をつき、
「今度は何をやらかしたんだぁ〜? 将太……」
と呆れながらも現場へ向かった。
途中でシンに連絡を入れて、先ずは自分が行くことを伝えた。
翼が到着すると、廃工場の中の惨状に 目を丸くした。
「これ、本格的にヤバいだろ…! ちゃんと治療しないと。」
翼はテキパキと応急処置を進めようとするが、
完全拒否の将太⋯。
その間に将太は必死に懇願する。
「絶対ニックとシンに報告しないで! 頼むよ!」
だが翼は淡々と、
「それは無理だろ…コレ、どーすんだよ〜、
     誤魔化せねぇ〜って」
と一言。 将太は絶望に包まれ、顔を覆った。
痛みで視界がぐにゃりと歪んでいく。
その頃、シンはトレーニングルームで汗を 流していた。
スマホが震える。
「……将太?」
バイタルモニターの警告音。
脈拍異常、血圧低下。
そしてGPSが示すのは——
「……あのバカ、またやりやがったな。
    あれ程言ったのに⋯まったく⋯」
シンは舌打ちしながらも、すぐにニックを 呼んだ。
「ニック、将太がやらかした。廃工場だ。 準備してくれ。」
ニックは短く
「了解」
と答え、医療キットを手に取る。
その時⋯シンの携帯が鳴った⋯相手は翼からだった。
「シン?今、将太から電話があって廃工場で
    ケガしてるみたいだから俺が先に行って来るから⋯
    シン達も来てくれ」
シンが言った
「分かった、どうせ治療を完全拒否するだろうからな⋯
    適当に誤魔化しとけ⋯逃がすなよ!」
間もなく現れたニックとシン。
将太が目を覚ましたのは、シンの怒鳴り声だった。
「お前なぁ……!!」
ガツンと机を叩く音が響く。
ニックは陽気な笑顔を浮かべつつも、
声には鋭い怒りを込めていた。
「将太〜、また、ヤンチャしてぇ〜、
    覚悟は出来てるんだろうねぇ〜」
シンは腕を組みながら冷たい視線を浴びせ、
「お前なぁ〜、何やってんだよ! 立入禁止区域に入るな!って 何度同じ事言わせるんだ‼︎」
「勝手に入るなって言っただろうが!
   それに……怪我してんのに俺達に電話もよこさねぇで……
   何考えてんだよ!!」
シンの目は怒りだけじゃない。 心底心配した目だった。
将太は泣きそうだったが、視線を逸らして
「少し覗きたかったんだよ……」
ニックが呆れた顔をして
「何で立ち入り禁止か分かってる〜?
    危険だから入っちゃダメなんだって〜!」
叱責は嵐のように続き、
ニックの言葉は陽気ながら鋭く心に刺さり、
シンの言葉はその鋭さで将太の深層に 響いた。
「将太…イイ加減にしないと…
いつか取り返しのつかないことになるぞ」
とシンが言い放ち、ニックはさらに
「どんだけ心配かければ気が済むんだ。
命を落とす危険だってあるんだぞ!」
と続けた。
「……ごめんなさい……」
震える声で謝ると、シンの怒りは少しだけ 和らいだ。
「ったく……ほら、とりあえず、応急処置するぞ。」
「……え、やだ……」
「バカ言ってんじゃねえよ。 ほっといたら感染症で死ぬぞ。」
シンが優しく手を伸ばす。
「大丈夫だ。痛いのは俺がなんとかするから……な?」
将太は涙を堪えながら、ゆっくりとシンの 手を握った。
「うん……」
小刻みに震える将太に優しく声をかける
「怖いか? 怖い時はどうするか教えたな」
将太は目をギュッと瞑った。
ニックが将太を抑えながら声をかける。
「よし、よし、イイ子だね〜。
    大丈夫〜、すぐ終わるからねぇ〜」
治療が終わるころ、外の空はすっかり夕焼けに染まっていた。 「……もう、無茶すんなよ。」
シンがぽつりと呟いた。
「お前が怪我するたびに、
    俺の心臓が止まりそうになるんだからな⋯まったく⋯」
将太は少しだけ笑った。
「……俺、シンたちがいるから大丈夫って、どっかで思ってた。」 「それはいいけど、頼るなら早めに頼れよ。
    俺たちはお前の兄貴みたいなもんだろ。」
「……うん。ありがと、シン。」
将太は、自分の腕の包帯を見つめる。
その傷跡は、無謀だった証拠かもしれない。
でも、それ以上に大切なものを 気づかせてくれた。
「俺、もう無茶しねえよ。」
シンは呆れた顔で、でも優しく笑った。
「……その言葉、何回目だよ。」
叱られても翌日にはケロっとする将太の 性格。
しかし、この日は少し違った。
「ごめん。本当に、少し考える。」
将太の瞳には決意の光が宿り、
シンとニックは少し表情を緩めた。
「少しは考えろ。」
とニックが肩を叩き、シンも
「次はないぞ」
と厳しく締めくくった。
** 廃工場から救出された直後の診察室で、
将太の大絶叫が響いていた。
「ダメだ!ダメだってばぁぁぁ!」
消毒液のボトルを見ただけで顔を引きつらせ、
診察台の端から逃げ出そうと足を バタつかせる。
彼の行動はまるで命を懸けた脱出劇そのものである。
「将太!落ち着け!暴れるな!」
シンが厳しい声で言い放つが、 将太は聞く耳を持たない。
「だって痛いもん!染みるもん! 無理だもん!」
「うるせえ!男だろ! 少しくらい我慢しろ!」
「無理に決まってんだろぉ!」
将太は涙目で反抗する。
その横で、ニックが陽気に笑いながら ボトルを持ち上げた。 「ほら、将太。これただの消毒液だぞ。
    痛くないようにやるから〜、 ちょっとだけ頑張れ〜」
しかし、その穏やかな声に反して、
将太はさらに激しく暴れた。
「絶対痛いもん!
   大丈夫って言って 大丈夫じゃなかったことあるもん!」
必死の形相で反論する将太に、
ニックは 苦笑いしながらシンに目配せをした。
「翼!こいつ抑えてろ!」
シンが短く命令する。
翼は肩をすくめながら将太の腕を掴んだ。
「将太…。逃げても無駄だぞ〜。
    弟を相手にするのと同じ感覚だからなぁ〜、もう慣れてる。」 彼の言葉に、将太は
「俺を弟扱いすんな!」
と叫んだが、翼の手はびくともしない。
将太が診察台に固定されると、
シンはふっとため息をつきながら言った。
「怖えなら目ぇ瞑れ。叫んでもいい。 けど暴れるんじゃねえ。」 その低い声には、ほんの少しだけ優しさが 混じっている。
それでも、将太はまだ震えていた。
ニックが近づき、そっと頭を軽くポンポンを叩く。
「将太〜、力抜く〜。 深呼吸してみよっかぁ〜。
   俺たちがお前を痛い目に合わせると 思うか?」
「わかんないもん……!」
将太は弱々しく返したが、 ニックの穏やかな笑顔を見て、
少しだけ気持ちが落ち着いたようだった。
「そ〜、そ〜。そのままリラックス〜。
   怖いもんは怖いって言っていいけど、
   それでも乗り越えるのが大事だろ?」
ニックの優しい声が響き、シンも短く言葉を添える。
「さっさと終わらせるから、 ガタガタ言うな。」
治療が終わり、将太は診察台で ぐったりとしていた。
「あー……生きててよかった……」
と思わず口に出し、ニックとシン、 翼を笑わせた。
シンは腕を組みながら、
「お前、ほんとに手間かかるよな」
と呟いたが、その口元には少しだけ笑みが 浮かんでいた。
ニックは手を腰に当てながら言った。
「ほら、将太。 怖がるのは悪いことじゃねえんだ。
    でも、怖いからって逃げるだけじゃ ダメなんだぞ〜。
    俺たちもちゃんとお前が怖がらないように
    工夫してるんだからさ。」
その言葉に、将太は少し黙り込んだ後、 ぽつりと呟いた。
「…ありがと。怖くても、 次はちょっと頑張る。」
その言葉に、シンとニック、そして翼も目を細めた。
「その意気だ」
とシンが短く言い、ニックは陽気に 頭を撫でた。
「将太〜、頑張ろうね〜。 さて、ちゃんと反省できたかな〜?」将太はこの日、治療という苦手なものに 向き合いながらも、
仲間たちの支えの中で 少しだけ強くなった。
将太のヤンチャな冒険は、 これからも続いていくのだろう――
しかし、次はもう少し慎重にやることを、
ほんの少しだけ覚えたかもしれない。
それでも、将太は今度こそ守るつもりだった。
——大切な仲間のためにーー




いいなと思ったら応援しよう!