「触れ合いパーク 」
ガレージに響く工具の音。
金属の擦れる音と、オイルの匂い。
その中を――
「ねぇねぇねぇねぇ〜!これなにぃ〜!」
ちょろちょろ、ちょろちょろ…。
3歳の将太が、まるで落ち着きのない子犬みたいに
動き回っていた。
ちょろちょろ、ちょろちょろ…。
ガレージでバイクの整備をしていたニックの周りを
チョロチョロする将太3歳。
ニックは苦笑しながら手を伸ばし――ひょいっと捕まえる。
「ほら⋯。危ないから、チョロチョロしない〜!」
将太がムスッとして言った
「別に…チョロチョロなんてしてねぇぇぇぇーーー!」
そこへ、シンがガレージに入ってくる。
「おーい、将太!ニックの邪魔すんじゃねぇ〜ぞ!」
「邪魔じゃねぇぇぇーーー!!」
次の瞬間――
ぐいっ。
シンが歩いて来て将太のパーカーのフードを引っ掴みそのままズルズル引きずって行く。
「ほら、行くぞ⋯!どー見ても邪魔だろ⋯!」
「やだぁぁぁぁーーー!!」
将太は引きずられる様に引っ張られるが必死にしゃがんで抵抗! 「なんだよ…お前は散歩中の犬か!?
…踏ん張ってんじゃねぇぇ〜!無駄だ⋯!」
「犬じゃねぇぇぇぇーーー!
俺は人間だぁぁぁぁぁーーーー!」
だが結局――
ひょい。
シンに軽々と抱き上げ面倒臭そうに言った
「何がしたいんだよ?…コラ!暴れるなっつーの!蹴るな!」
バタバタバタバタ!!
将太は全力で手足をバタバタさせて抵抗する。
「離せぇぇぇぇぇぇーーー!下ろせぇぇぇぇぇぇーーー!
簡単に運ぶなぁぁぁぁぁーーーー!」
シンは将太の手足を押さえつけて、ニヤリとする。
「どうだ⋯?抵抗してみろよ⋯ん〜?出来ねぇ〜だろ?」
将太が大声で叫ぶ
「卑怯だぞぉぉぉーーー!大人のクセにぃぃぃぃーーーー!
幼児虐待だぁぁぁーーーー!」
「お前が暴れるからだろうが…コラ!」
……と、そのとき。
将太が急に動きを止めた。
「バイクでどっか行くのか?」
ぽつりと落ちた一言。
「はぁ~!?」
「だって⋯シンだって⋯この前、バイク整備してたじゃん⋯!」 シンは一瞬だけ黙り、ふっとため息をつく。
「自分だけ置いてかれる…って⋯思ったのか?」
将太は目を逸らした。
「だってぇ〜⋯俺、聞いてねぇぇーーーー!」
「お前⋯ひょっとして、拗ねてんのか?」
少しだけ小さくなる声。
「べ…別に⋯そんなんじゃねぇ〜けど⋯。
俺だって⋯バイク乗りたいし……」
シンは肩をすくめた。
「なら⋯早く言え⋯。
じゃ、また⋯触れ合いパークでも行くか?」
その瞬間。
将太の顔が、ぱあっと明るくなる。
「行くーーー!
ピヨピヨとか⋯ウサギとか⋯居るんだよなぁ〜♪」
「今度は追い回すなよ!それと⋯ギュッて掴むな!」
将太自信満々に胸を叩いた
「分かってるよ⋯ちゃんと俺だし⋯
あの頃は俺の意識引っ込んでたからな!
チビじゃ、しょうがねぇ〜もんな!」
シンがニヤリとして
「色々試したい事もあるしな!」
「なんだよ⋯それぇぇぇーーー!」
「お前は、気にしなくてイイ……」
整備の終わったニックがリビングに入ってきた
「将太ー何か良い事でもあった〜?」
将太がぴょんぴょん跳んで
「バイクで触れ合いパーク行くんだってぇぇぇーーー!」
ニックがシンを見て言った
「そーなの?」
シンがコーヒーを啜り
「行きたいんだと…別に構わねぇ〜だろ?」
ニックが頷く
「うん、うん!イイねぇ〜!」
ーーそして翌日⋯ 将太は朝からご機嫌。
ニックが将太をシンの背中にくっつけて言った
「ちゃんと掴まってるんだぞ!手足をバタバタさせない!」
将太が親指を立てて
「分かってるよぉ〜!俺、ガキじゃねぇ〜からな!」
そして、将太はご機嫌でよく分かんない歌を大音量で歌って⋯ 「バイクだブゥーーーン!ピヨピヨ〜ナデナデ〜♪
ウサちゃんぴょんぴょん〜♪耳長い〜♪
コロコロウンチッチ食べちゃだめぇぇーーー♪
可愛い〜コロコロ〜♪黒い玉〜♪」
シンが長いため息…。
「うるせぇ〜、っつ〜か、何なんだよ!
その歌は…集中出来ねぇ〜だろ…」
ニックは大笑いしながら写真をパチリ
「もぉ~!可愛い〜んだからぁ〜♡」
目的地に到着すると、シンは小さく呟いた。
「将太の意識はハッキリしてる……が、少し様子がオカシイ。
チビじゃねぇ〜けど⋯チビっぽい行動が目立つんだよな⋯」 ニックも頷く。
「そうだねぇ〜⋯歌もそうだけど⋯行動が3歳児だよねぇ〜」 シンが走る将太を見て
「混ざってんのか?
もしかしたら⋯またギュッて掴むかも知れねぇ〜
気を付けろよ!」
ニックが言った
「了解⋯」
そして、シンの予感は的中…
触れ合い広場に入った将太はテンションMAXで
「うわぁ〜♡ヤギぃぃーーー!メェぇぇぇぇーーー♪」
仔山羊を追いかける…。
仔山羊…逃げる。
親ヤギに追われる将太…将太、全力逃走。
「メェぇぇぇぇーーー♪怒ったぁぁぁぁーーー!」
草を持って仲直りしようと近付いて草を差し出す。
…が、グイグイ口元に持って行く
「ほら、草だぞ⋯!美味いだろぉ〜?もっと食えよぉ〜!」
シンが慌てて抱き上げて言った
「コラ!グイグイするな!それに追い回すな!」
シンが将太の手を掴んで、優しくヤギの前に持って行く
「動かさないで、持ってるだけでイイ…。
ほら、美味そうに食ってるだろ?
お前だって、飯食うときに食え食えって⋯
グイグイ口に押し込まれたら嫌だろ?」
将太がショボンとして
「うん…ゴメン⋯調子に乗った…可愛い〜なぁ〜!」
シンが言った
「ナデナデだ。優しくな…」
ナデナデ...ナデナデ...ナデナデ。
しかし⋯次の目標にロックオン⋯
「ウサギさんーーー!待てぇぇぇぇーーー!」
人参を差し出して
「人参だぞぉぉぉーーー♪美味しいぞぉ〜!」
モグモグ⋯モグモグ⋯
将太が言った
「食べたぁぁぁーーーー!コレ⋯美味いのか?」
パクリ⋯モグモグ⋯
シンがギョッとして取り上げる
「コラぁぁぁぁーーー!食うなぁぁぁーーーー!」
将太がムスッとして
「何怒ってんだよぉぉぉーーー?」
そしてウサギをナデナデ…耳掴む シンが手を掴み言った
「耳を掴むなぁぁぁーーーー!
言っただろ?掴むんじゃねぇ〜!」
ピヨピヨも⋯掴む… シンが言った
「だ。か。ら。…掴むんじゃねぇ〜!優しくナデナデだ!」
将太が涙目でニックの所に走る。
「ふぇ…ふぇぇぇぇぇーーーん!
ニィニ怒ってるぅぅぅぅーーーー!」
「えぇ〜シン、泣かせたの〜?」
シンが焦りながら言った
「イヤ…おい⋯!?
俺が悪いみたいな言い方するんじゃねぇ〜!
掴んじゃダメだって言ってるだけだろうが…
前にも教えただろ?」
落ち着いてるときは大丈夫だが⋯
興奮状態の時はチビの感情に乗っ取られる傾向あり…
シンは額に手を当ててため息。
「……はぁ〜……」
ニックはチラッとシンを見て、クスッと笑う。
「シン〜、“怖い人役” になってるよ〜?」
シンがボソッと返す。
「誰のせいだと思ってんだよ……」
ニックの腕にしがみついて泣いている将太を見ながら、
ボソッと言う。
「……やっぱりな。混ざってる」
ニックは将太の背中をトントンしながら、優しく答えた。
「うん……意識はちゃんと将太なんだけどねぇ〜。
感情のスイッチが “3歳” のまま暴走する感じかなぁ〜」
将太は涙を拭きながら、ムスッとして言う。
「だってぇぇぇぇぇ……可愛いんだもん……!」
シンが即座に返す。
「可愛いからって “掴んでいい理由” にはならねぇだろ」
「うぅ……」
図星を突かれて黙る将太。
シンはしゃがみ込んで、将太と目線を合わせた。
「イイか?よく聞け」
少し低くて、でも落ち着いた声。
「お前がやってるのはな——
“可愛がってるつもりで怖がらせてる” 状態だ」
将太の目が、少し揺れる。
「ヤギもウサギもヒヨコもな、
“何されるか分からねぇ動き” が一番怖ぇんだよ」
ニックも横からやんわり補足する。
「急に追いかけられて、グイグイ近づいて来たらねぇ〜、
“怖い!”って思っちゃうんだよ〜」
将太はハッとして、小さく呟く。
「……そっか……」
シンが続ける。
「お前、前に言ってただろ。“俺は人間だ” って」
将太がコクリと頷く。
「じゃあ、“相手がどう思うか” 考えろ。
それが出来て初めて “ちゃんとした人間” だ」
将太の顔が、少しだけ引き締まる。
——でも次の瞬間。
「でも……可愛いとさぁぁぁぁ!!
近付きたくなるんだよぉぉぉぉ!!」
バタバタバタ!!!
また手足を振り回す。
シンは即座にガシッと確保。
「だから暴れるなっつってんだろ!!」
ニックは将太の涙を指で拭いて、ゆっくり聞く。
「将太さぁ〜、なんで怒られたか分かる?」
将太は少し考えて——
「……いっぱい触ったから?」
「違うよ〜」
「えっ!?」
ニックは優しく首を振る。
「 “触り方” だよ」
将太はポカンとする。
「さわり……かた……?」
シンがゆっくり近付いてくる。
しゃがんで、将太の目を真っ直ぐ見る。
「イイか。よく聞け」
将太はちょっとビビりながら頷く。
「お前な、“可愛い”って気持ちは悪くねぇ」
「……うん」
「でもな、“可愛いから何してもいい” は違う」
将太の目が少しずつ真剣になる。
シンは近くにいたウサギを指差す。
「アイツらはな、“おもちゃ” じゃねぇ。“生き物” だ」
ニックも優しく続ける。
「将太と同じでねぇ〜、怖いとか痛いとか、
ちゃんと感じるんだよ〜」
将太は小さく呟く。
「……俺と同じ……」
シンが一歩踏み込む。
「さっきのお前はどうだった?」
将太は黙る。
「追い回して、掴んで、無理やり触ってたよな?」
「……うん……」
「それ、“可愛がってる” じゃなくて、“怖がらせてる” だ」
将太の顔がギュッと歪む。
少し沈黙。
風の音と、遠くの「メェ〜」という鳴き声。
将太がぽつりと。
「……俺……嫌なことしてた?」
ニックが優しく笑う。
「うん、ちょっとだけねぇ〜」
シンも小さく頷く。
「でもな——」
シンの声が少し柔らかくなる。
「ちゃんと気付けたなら、それでいい」
将太が顔を上げる。
「……いいの?」
「次、やらなきゃな」
将太はゆっくり頷いた。
ニックが笑いながら言う。
「ははは〜、もう一回 “練習” しよっか〜」
触れ合い再チャレンジ
ニックが将太の手をそっと包む。
「はい、まずは “ストップ” 」
将太の手をピタッと止める。
「次、“ゆっくり近づける” 」
少しずつ……ゆっくり……
ウサギの前へ。
将太は息を止めるように集中している。
シンが小声で言う。
「いいか…… “動かすな” 。相手が来るのを待て」
モグ……モグ……
ウサギが人参を食べ始めた。
将太の目がキラキラする。
「……来た……」
ニックが優しく言う。
「そう、そのまま〜……」
将太の手が微かに震える。
でも——我慢。
食べ終わったウサギが、少しだけ顔を寄せる。
シンが頷く。
「今だ。“優しく” な」
なで……なで……
ふわっ……
将太の顔が一気に緩む。
「……やわらけぇぇぇぇぇ……♡」
シンが小さく笑う。
「それでいいんだよ」
しかし——
ーー次の瞬間。
ピヨピヨの群れを見た将太の目が再び点火。
「ピヨピヨぉぉぉぉぉーーー!!!」
ダッシュ!!
シンとニック同時に叫ぶ。
「待てぇぇぇぇぇぇ!!!」
——数分後。
ガシッ!!!
シンに再び確保される将太。ぐるぐる巻き状態。
「だからぁぁぁぁぁ!!なんで止まれねぇんだよぉぉぉ!!」
ニック「学習したばっかりでしょぉぉぉぉ!!」
将太が涙目で叫ぶ。
「だってぇぇぇぇぇ!!勝手に体が動くんだもん!!」
シンが呆れ顔で言う。
「それを止めるのが “訓練” だろうが」
ニックが笑いながら言う。
「これは長期戦だねぇ〜」
将太はぐるぐる巻きのまま叫ぶ。
「でもぉぉぉぉ!!可愛いんだもんんんんん!!」
シンが即答。
「知るか!!」
ニックが優しくまとめる。
「 “可愛い” はねぇ〜、“優しく出来た時” に
もっと楽しくなるんだよ〜」
将太は少しだけ考えて——
「……じゃあ……頑張る……」
将太は自分の手を見る。
「……俺、ちゃんと分かってんのに……」
「分かってるだけじゃダメだ」
シンはしゃがんで、目線を合わせる。
「興奮しても止められるようになれ。それが “お前” だ」
少しの沈黙。
そして――将太はゆっくり頷いた。
「……次は……ちゃんとナデナデする」
ニックがにっこり笑う。
「よし、それでいい〜」
ーーその後。
将太は、そーっと手を伸ばして――
ヤギを優しく撫でた。
「……ナデナデ……」
ヤギは逃げない。
むしろ、少しだけ近づいてくる。
将太の顔が、じわっと緩む。
「……できた……」
シンは小さく笑った。
「……やれば出来んじゃねぇか」
「……今度は、優しくする」
再びウサギの前。
将太の動きはさっきと違った。
ゆっくり……ゆっくり……
シンが後ろから低く言う。
「止めろ。動かすな」
ピタッ。
将太の手が止まる。
ウサギが近付いてくる。
モグモグ……
人参を食べる。
将太の目がキラキラしているが——我慢。
ニックが小声で。
「いいよ〜、そのまま〜……」
食べ終わったウサギが、将太の手に鼻を近付ける。
シンが小さく言う。
「今だ」
将太はそっと……なで……なで……
ふわっ……
将太の顔がゆっくりほどける。
「……やわらかい……」
その瞬間——
ウサギは逃げなかった。
将太はハッとする。
「……逃げない……」
ニックが嬉しそうに言う。
「そうだよ〜。“怖くなかった” からねぇ〜」
将太はしばらく黙ってウサギを見ていた。
そして、小さく言う。
「……こっちの方が……いいな……」
シンが鼻で笑う。
「やっと分かったか」
ニックが苦笑しながら言う。
「これはもう “訓練案件” だねぇ〜」
シンがニヤッと笑う。
「決まりだな」
将太がビクッとする。
「……え?」
シンが低く言い放つ。
「“興奮状態でも制御する訓練” 開始だ」
将太が青ざめる。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!?」
ーー帰り道(バイクの上)
将太はさっきまでと違って——静かだった。
シンの背中にしがみつきながら、小さく呟く。
「……難しいなぁ……」
シンが前を見たまま答える。
「当たり前だ。だから練習すんだよ」
ニックが後ろから笑う。
「でもねぇ〜、さっきの “なでなで” は完璧だったよ〜」
将太が少しだけ嬉しそうにする。
「……マジで?」
シンが短く言う。
「あぁ。“ちゃんと出来た時” を忘れんな」
将太はぎゅっと掴まる力を強めた。
「……次は、全部ちゃんとやる」
シンがニヤッと笑う。
「言ったな?」
ニックも楽しそうに言う。
「これは地獄の特訓コースだねぇ〜」
将太が叫ぶ。
「やっぱ今のナシぃぃぃぃぃーーー!!」
バイクは走る——笑い声と一緒に。
そして——将太の “感情コントロール訓練” が、
本格的に始まるのだった。
