教育費の有り難みが身に染みた話
母の日が近付いてきました。
今、母の日のプレゼントを考えながら、教育"費"の有り難みを思い返しています。
現在、私が生活費を得られている要因は、資格を取れたからです。資格を取る時、資格の予備校に通いました。問題は、資金源ですが、親の脛をかじりました。
出世払いのはずが、今になっても、受験費用を現金で受け取ってもらえず、両親を旅行に連れて行ったり、ご飯に連れて行き、返済しています。
受験勉強を始める前、資格の予備校のパンフレットを持ち込み、緊張しながら、夕食後に両親に相談しました。二つ返事で承諾され、応援されました。何故でしょう。
教育が重要という信念を、両親が揃って、持ち合わせていたからです。両親にとっては、資格を取る費用も、教育費だったのです。
本当に、有難い話です。社会人生活を重ねていくうちに、教育費の有り難みを痛感しています。
では、何故、両親は、教育の大切さを知っていたのでしょうか。
両親が揃って、教育で助けられた過去があったからです。
父の実家は裕福ではありませんでしたが、父は勉強が得意でした。父は、勉強が大好きで、努力家でもありました。
父は、猛勉強を重ねて、名の知れている国立大学に進学しました。父の人生に変化が生じました。今よりも、学歴主義が根強い時代、父は就職し、父の実家よりも、稼げるようになりました。学歴が父を助けました。就職後、父は、大学で学んだ専攻分野を仕事にそのまま活かせました。学問自体も、父を助けました。
母の実家も裕福ではありませんでした。しかも、母は勉強が嫌いでした。しかし、祖母は、勉強が大好きでした。
大正生まれの祖母は、非常に賢かったですが、尋常小学校より先に進めませんでした。「女が勉強して、どうするの?」という価値観が根付いていた時代に、祖母は女学校行きを却下されました。祖母は、自分の子供には、学びを与えたい、と決意しました。
生活が苦しかった中、祖母は四人の娘を全員大学に進学させました。母は、勉強が嫌いでしたが、不満を言いつつも、ある程度、勉強は得意でした。諸々問題を起こしながらも、母は、歴史ある女子大に入学しました。母が大学を卒業した時代は、「男女雇用機会均等法」が発令された時代でした。
女性の採用枠が僅かな中、学歴が母を保証しました。父と同じく、母の仕事内容は、大学での専攻分野を活かせるものでした。やはり、学問自体も母を助けました。
現在、学歴主義が見直されていますが、父と母は学歴に助けられ、人脈も大学で築けました。
そのため、父と母は、子供が生まれてから、相談する必要もなく、教育費を積み立て始めました。
後日談として、母から話された内容では、全て公立の教育機関で、学生生活を終えた私のために積み立てた教育費は、余ったらしいです。両親は、決して、家の財政状態を娘に悟らせないようにしているため、あえて金額を聞きませんでしたが、十分以上の金額を積み立ててくれていました。
働き始めると、同じ資格を持った同僚ができました。同僚の中には、パパさんも、ママさんも、います。
パパさんとママさんたちは、教育費の積み立てに必死になっています。子供たちの受験費用を頭の中で計算して、ランチで悩み事として話しながら、働いています。
資格のお蔭で、自分たちは、ご飯を食べられている、と自覚しているからです。
例外も多々あると思われるが、教育に助けられた過去がある人々が親となった時、教育について、真剣に考える傾向がある気がします。
何よりも、教育"費"について、必死になる傾向があります。
繰り返しますが、例外はいるはずです。異論も、もちろん、認めます。
私は教育の専門家でなく、誰かの親でもありません。そのため、書き綴った内容は、私の主観に過ぎません。
つまるところ、母の日が近づいてきて、「もっと早くから、父の日と母の日を大切にすれば良かった」と後悔し掛けている娘の独り言です。
迫り来る父の日と母の日のプレゼントを真剣に考えます。

(四月上旬に家族と桜見に行きました)
