「夢を叶えたよ」と大切な人に伝えたい
何故か、いつも私は間に合わない。
父方の祖母に成人式の振袖姿を見せられなかった。公認会計士試験合格発表日の約半年前に母方の祖母が亡くなった。父方の祖母に振袖姿は見せたかったが、何よりも、母方の祖母に「公認会計士試験に合格したよ!」と報告したかった。
父方も母方も祖父母は太平洋戦争の渦中にあった世代だった。実際に、父方の祖父も、母方の祖父も、いずれも学徒動員以前に太平洋戦争で出兵した世代だった。だが、ほとんど何も語らず世を去った。大人になるにつれて、何故、生還できたのか、孫ですら不思議に思うほどの戦地に出兵していたと知った。正直なところ、話したくない内容だと察しは付いており、そのうえで2人の祖父から当時何を目の当たりにしたのか聞き出す度胸は持っていなかった。単純に祖父が何を経験したのか、聞くのが怖かった。既に二人の祖父は亡くなっているが、今、目の前に祖父たちが立っていても、怖くて聞けないだろうと思う。
余談だが、父方の祖父は地元のお祭りの時に戻ってきて神輿を担いでいたらしい。お祭りに人生を捧げたのではないかと思える祖父らしい出来事だが、戦時下でどうやって祖父が戻ってきたのか、当時誕生していなかった父は知らない。当然、孫である私も知らない。
母方の祖母は非常に賢かった。少なくとも、平成に生まれていたら、所謂バリキャリになっていただろう、と容易に想像がつく。当時は尋常小学校の後に、女性の中で女学校に行く人物たちも存在した。祖母は勉強が好きだったため、勿論、女学校への進学を希望した。だが、当時、女性が学問を学ぶのは異端とも言えたのだろう。何処ぞの令嬢でもなかった祖母は、尋常小学校で学問を終えた。
母方の祖母は四人の娘を産んだ。お盆になると、娘たちと共に娘たちの旦那が訪れた。祖母は男性陣と政治について話すのが好きだった。まだ子供だったため、当時は聞き流していたが、今、思い返してみても、非常に鋭い指摘をしていた。大学まで教育課程を終えられていたら、祖母はどのような女性になっていただろう、と大人になってから想像した。
祖母は自身が学問の初歩段階までしか学べなかったため、資格や学歴に憧れていた。私は大した学歴は有していないが、それでも祖母は喜んでいた。正しい表現ではない。大学まで孫が進んだ時点で、祖母は嬉しかったに違いない。
「公認会計士試験に合格したよ!」と報告できていたら、絶対に喜んだはずだ。祖母は亡くなったため、想像するしかないが、家族全員で喜んだに違いないと確信している。もう1年早く合格できていたら、祖母は破顔して喜んだだろうか。
父方と母方のいずれの祖父母も世を去った。そして、父と母も老いてきた。
アラサーになってから、商業作家になると叶うかどうか分からない夢を抱いた。両親や友人は応援してくれている。
小説は多様だ。恋愛小説からホラー小説まである。オールカテゴリーの新人賞に応募すれば、異種格闘戦の状態になる。夢を叶えるまでに何年かかるか分からない。夢が叶わない可能性も十分にある。
しかし、今度こそ、間に合いたい。
両親が文字を読める間に、自分のペンネームが載った書籍を手に握らせたい。
お墓に向かって報告するのではなく、今度こそ、「夢を叶えたよ」と直接大切な人に伝えたい。
