大代名詞推移(The Great Pronoun Shift)
慶應義塾大学で担当している「英語学演習XI」(前期)「英語学演習XII」(後期)では、毎年、英語学や英語史に関連する洋書を講読しています。今年度は、前期にPeter TrudgillのThe Long Journey of English: A Geographical History of the Language(2023)を講読し、英語の世界展開について理解を深めました。
後期に講読するのは、 代名詞の体系に近年生じている変異と変化を解説したHelene Seltzer Krauthamerの The Great Pronoun Shift: The Big Impact of Little Parts of Speech(2021)です。タイトルの 'the Great Pronoun Shift'「大代名詞推移」は、英語史上最も有名な音変化である 'the Great Vowel Shift'「大母音推移」からインスピレーションを得たものです。prodar「代名詞への意識」(著者による造語でpronoun + radarからなる混成語)を高めることを狙いとした本書は、言語の中でもあまり目立たない代名詞という領域において、劇的なパラダイムシフトが起こりつつあることを教えてくれます。具体的には、標準英語において2人称複数のyouが2人称単数のthouに取って代わったように、3人称複数のtheyが将来的に3人称単数のheとsheを代名詞の体系から追放する可能性について論じています。はたして、heとsheはthouやtheeのように古語となってしまうのでしょうか?
英語史研究において代名詞は最も関心を集めてきた研究領域の一つです。何を隠そう私は関係代名詞に魅せられた研究者の一人です。「英語史研究者達は代名詞のどのような問題に惹かれてどのような研究をしているの?」と疑問に思われた方は、英語史における代名詞の諸問題を扱った論文集であるVariational Studies on Pronominal Forms in the History of English(2022)を是非お読みください(拙論も掲載されています)。
受講生の疑問
先日の初回授業では、受講生のみなさんに代名詞に関する疑問について発表してもらいました。英語史を学ぶと比較的簡単に解決する基本的なものから、一筋縄ではいかないようなものまで様々な興味深い疑問が寄せられました。以下、箇条書きでまとめます。
再帰代名詞の歴史が気になる
whomの存在意義って一体何?
英語の非母語話者が増えるにつれて、代名詞の体系は簡略化していくのか?
「あなたたち」を表す代名詞の言語間の違い
代名詞の方言差
なぜ代名詞はこれほどまでに多様なのか?
inclusiveなweとexclusiveなweはどのように生じた?
所有代名詞のmineはどこから来た?
後期近代英語の小説においてなぜ代名詞をイタリックで表記することがあるのか?
船を指すsheにはなにかしらの文体的な効果があるのか?
1人称代名詞は他の人称に比べて変異の幅が大きいのはなぜか?
英語のit, this, thatと日本語の「これ」「それ」「あれ」の対応関係がよくわからない
「推し代名詞はitです!」と熱く語ってくれたprodarが非常に高い学生もいました。これから毎週の講読を通じて、学生たちと楽しみながらprodarを高めていきたいと思います。授業での学びは定期的にnoteで発信していきたいです。後期もよろしくお願いします。
