「夢を食べて生きていくと思ってた」—漫画家やめて夜に落ちた話
「漫画家」という夢を追い、会社を辞めた。だけど、描けば描くほど、読者は離れていった。アングラ気取り?鼻につく?…わかってるよ、そんなこと。底を尽きる貯金。61番スクリーントーンを買う金もない。
夢を食べて生きていく。それが当然だと思ってた。でも、気づいたときにはもう夜の街を歩いていた。原稿用紙の端で、静かに夢が干からびていた。
「このままでいいのかな」
仕事が順調なほど、そんな気持ちが顔を出すことがある。
1990年代後半、私はステーショナリーを手がける企画室でデザイナーとして働いていた。メジャーな版権キャラクターや、自分で考案したキャラクターがレターセットやシールになって市場に並ぶ。そんな夢のような仕事をしていたにもかかわらず、どこか満たされていなかった。
同時に、漫画も描いていた。
投稿作品がきっかけで声がかかり、別冊や季刊誌で連載を持つようになった。小学生の頃から憧れていた、あの「漫画家」という肩書きが、ついに現実になりつつあった。
けれど、当時の作風は、決して万人向けではなかった。名前のない主人公が、死を前提とした場所を求めて走馬燈のような旅を続ける。民俗学、産土信仰、そして寺山修司の残り香。因習に閉ざされた村。祀られる神。戻れない故郷。記憶の中に置き去りにされた幼い声が、物語の端々に滲んでいた。
ガロ系と呼ぶには湿度が高すぎ、
サブカルと呼ぶには痛みが生々しすぎた。
生贄にされた誰かの魂が、まだその絵の中で息をしていた。
仕事を終え、終電かそれ以降に帰宅。ユニットバスのシャワーで、日常を洗い流し、深夜、ペンを握る。血尿が出るまで描き続けたあの頃、「この先、堕ちたら戻れない」と思った瞬間がある。
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