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今までで一番「捨てたい欲」が高まっている、無職カウントダウンの日々。

「あ、懐かしい」

昨日、約1週間ぶりに出勤した。
アポイント+ぼちぼち机やロッカーの整理の為。

13年も務めたので机の中にはギッチリ物が詰まっていた。
引き出しの奥には、入社式、新人研修などのかなり古い写真と共に、営業目標達成して表彰された時の写真などもあった。

子供の写真すら滅多にプリントしなくなったのに。
会社の人がプリントしてプレゼントしてくれたので、大事にコンパクトな台紙アルバムに貼って保存していた。

さて、どうしたものか。

捨てるか?
持って帰るか?

台紙は邪魔なので、写真だけはがして封筒に入れて持ち帰ろう。

そう思い、台紙から剥がしてみたら写真が変に曲がってしまった。
その妙にカーブした写真を見て、「要らないな」と思った。


今までずっと大事に保存していたのは「やる気に満ちたギラギラした日々の自分」を見て、励まされるような気がしていたからだ。

その写真の時代は、13年間の会社員生活の中で営業としては一番成果を出して周りからの期待も大きかった。

でも「その時に戻りたいか?」と問われたら全くそう思わない。

過去の記事にも書いた通り、その時の私はあらゆる「違和感」に蓋をして、泣きながら仕事をしてきた。

勿論、楽しい事も素敵な出会いも沢山あった。

でも「自分軸」がなく、他人の評価基準に思いっきり振り回されていた気がする。

確かに頑張っていた。
あの頃に比べて、今の自分は何てダラダラしているのだろう…と思ったりもする。

だけど「幸福度」で言えば、今の方が遥かに上だ。

そう、身の丈ってやつだ。

カーブした写真がどんな場面か?という事でもなく。
ただ、「家の中に物が増える事を歓迎できない」と思い私は写真をシュレッダーした。

すると妙にスッキリして、次から次へと物を捨てた。


社内外の勉強会やセミナーで知り合った人達の名刺。

入社当時のスケジュール帳。

そうだ。
毎日始業より遥かに早く出社して、誰よりも遅くまで働いてきた。
営業の世界で「早く終わる」なんて事はない。

「もう1件、もう1人」と、自分が動ける限り動き続けていた。


すっかり腑抜けになってからも、たまに机の掃除をしてはその当時のスケジュール帳を見て「いや~凄かったな」と懐かしんでいた。

でも、もう要らない。


「自分は頑張れる」という事は、ちゃんと記憶の中に残っている。

物理的な証拠を必要としない。

「これをやりたい!!」と強く思えるモノがあれば、過去の栄光なんて持ち出さなくても走る事ができる。

あらゆる物をシュレッターしながら、私はどんどん気持ち良くなっていた。


きっと過去に縛られていたのだ。

上司が変わる度に、過去の営業成績を持ち出されて今と比較された。
そして「こんなにできる人なんだから、今も少しの工夫でできますよ」と言われ続けてきた。


会社や上司から見たら「昔の自分」が良く見える。

だけど私にとっては、「もう二度とごめんだ」と思うような日々だった。


でも、遂に退職する。

退職してしまえば、過去の営業成績なんてどうでも良い事だ。

私に対する外からの「評価軸」は全く別のモノになる。

でも、そんな事はどうでも良い。

私は、「私にとって一番快適で幸せな状態」を超えない範囲で自分が大切にしたい事の為に頑張りたい。


すっかり空になった机を見て、心の底から「辞める事にして良かった」と思った。

きっと家の中にも、自分を縛り付けてきたモノが沢山ある。

この夏は、あらゆるものをリセットしたいと思う。

<あとがき>
モノを捨てたいのに、子供の学校から持ち帰った作品や盆踊りで購入したやたらと嵩張る玩具が日増しに増えて行く…(笑)

今日も有難うございました。


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