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<本日連続100日目の投稿>私の原点

おはようございます。
遂に今日、連続投稿100日目を迎える事ができました。
1人でひっそりと始めたの一個人のnoteに、沢山のスキ!や、フォローを頂き本当に嬉しく思っています。

今日は私の原点とも呼べる書店と本の出会いの事を書きたいと思います。

熱狂と依存の子供時代

私は小学生の時は「りぼん(漫画雑誌)」、中学以降はSMAPにハマり、寝ても覚めてもその事ばかり考えて過ごす子供時代でした。

過去にもその時期について書いていますが、特にSMAPを好きになってからは、自室に引きこもりTVの中のSMAPに向かって話かけているような、家族から見ても「あの子大丈夫?」と言われるような青春時代を過ごしていました。

SMAPを通して仕事に対しての美学、沢山の感動と幸せをもらい全く後悔はありませんが、当時の私は「SMAPの活躍=私の幸せ」という位、完全に依存をしていました。

衝撃の出会い

短大へ進学し、入学後数カ月で「就職活動」という単語が聞こえ始めた事
「このまま私はどうなっていくのだろう?」と思春期らしい悩みを抱えるようになりました。

そんな時、当時大好きだったヴィレッジヴァンガードで一冊の本に出会いました。

表紙を開いてみると、最初のページにこう書いてありました。

「つまんないなあ」とか
「なにかおもしろいことないかしら」っていうの、
口癖になっていない?

おとなになる本

「えっ!気持ちが読まれてる?」と思う位図星で、ドキドキしながらページをめくりました。

なんとなく毎日がつまらない。このままでは、自分がだめになってしまうような気がして、考えると悲しくなる。
望んでいたのはこんな人生ではなかったし、もっと私らしい生き方があるはずだとも思う。だけどどうしたらいいのか、なにをしたらいいのかわからない。
(中略)
子どもの頃の夢がすべてかなえられるとは思わないけれど、せめて「自分で選択した自分の人生を、自分なりに生きている」といえるような生き方をしたい。

おとなになる本

「そうなの!それ!それ!」と大興奮をして、すぐにレジへ向かいました。

今ここに引用したのは冒頭のほんの一部分ですが、とても薄い本なのに沢山の気づきがある本で、今でも大切に持ち続けています。

ヴィレッジヴァンガードに、こういう「自己啓発」というか、「生き方」みたいな本が沢山並んでいるコーナーがあり、私は定期的にそのコーナーを訪れるようになりました。

その後、自分への質問に答える本と出会い「書く」事が大好きになっていきました。

恋を引き寄せたかった辺りが若いです(笑)

「選択する」ということ

1社目



その後私は、二十歳で地元に本社を持つ小売チェーン店(100店舗以上)へ就職しました。

後にも先にも「こんなブラック企業は見た事ない」と言える程酷い会社でした。
社長の意向で勤怠に関するルールが決められていて

「パートさんが有給休暇を1日取ったら時給を50円下げられる(永久に)」とか、
「連続3日以上の休暇取得禁止」とか、そういう非常識なルールが普通にまかり通るとんでもない会社でした。

社会人になったばかりの私は「おかしい」と思いながらも、就職氷河期で50社以上受けてやっと入れた会社を離れる決断をするのは並大抵の事ではありませんでした。

それでも最終的には、色々な事を総合的に判断して退職を決意しました。

父親にも反対され、専務に呼び出されて1対1で「辞め癖がつく、君の為を思って言ってあげている」等と言われましたが、ちょうど丸2年というタイミングで退職しました。

2社目


1社目を退職した2カ月後に、「事務職」としてIT企業へ就職しました。
勤務地は内幸町。
自宅から最寄り駅まで徒歩59分という実家に住んでいた私にとって、そこは「ドラマのような世界」でした。

徒歩10分圏内に沢山の駅がある!スタバがあちこちにある!
東京タワーが見える!!
「仲間と外ランチ」が楽しくて仕方がありませんでした。

その後、勤務地は日本橋になり益々煌びやかな景色を横目に、私の収入は毎月手取り13万円程。

正直、仕事内容も「誰でもできる簡単な仕事」で勤務時間8時間のうち1時間位しか仕事がなく、殆どの時間を持て余していました。

そこで当時の現場上司へ相談し、「事務職からSEへ社内異動」をする事を提案されました。
但し、無条件に異動を推薦する事はできないので「基本情報技術者試験に合格すること」が条件でした。

学生時代まともに勉強した事がないし、何よりも数字と計算が苦手な私にはものすごくハードルが高く、結局年2回しか実施されないこの試験を何度も受けて5回目でやっと合格、晴れて社内異動をして「システム開発者(SE)」となりました。

そして間もなく私は現在の夫を結婚をしました。

「2年位は2人での生活を楽しもう。それでも30歳までには1人目を産みたい」そんな理想を描いていました。

3社目

28歳の時に、私は上司の推薦で再異動をして「SE」から「営業職」になっていました。

「営業職」とは名ばかりで、上司の言う通りにおつかいをしているだけ。

営業は飲み会と接待ゴルフ必須!」という昭和も甚だしい部署で、どんどん会社へ行く事が憂鬱になってきました。

そのうち生理が来なくなり、婦人科へ行くと軽い疾患が見つかり自然に妊娠する事は難しい事が分かりました。

その時私は29歳になったばかりでした。

迷いに迷って、29歳の時に3社目、現在の会社へ転職をしました。
その当時の葛藤は以前こちらへ書いた通りです。

今の会社へ入社してからモーレツ社員な時代を経て、20代の頃に思い描いていた「働く二児の母」になる事ができました。

これからも「選択」を続けていく

私は3社目の入社式で
この会社に入る事ができて、本当に嬉しい。私は100歳まで働きます!」とスピーチをしました。

10年経った今も(年がバレますね(笑))、気持ちは変わりません。

それでも「働き方」や「時間の使い方」「子育て」等、悩みも尽きません。

だけど、「おとなになる本」に書いてあった通り
自分で選択した自分の人生を、自分なりに生きている

そう胸を張って言えるように、これからも沢山悩んで、沢山書いて、進んでいきたいと思います。

最後までお読みいただき、どうもありがとうござました。
明日からもよろしくお願いします。


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