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第6回 ホテルロイヤルティ戦略の分岐点:東横インの『分離』とルートインの『統合』

日本のビジネスホテル市場は、熾烈な競争下にあります。この状況で、楽天トラベルやじゃらんといったオンライン旅行代理店(OTA)の支配力は、ホテルの利益率を圧迫する大きな要因です。この構造的な課題に対抗するため、ホテル運営企業にとって、顧客と直接的な関係を築き、維持することは単なるマーケティング活動にとどまらず、経営戦略上の最重要課題となっています。ロイヤルティプログラムは、割引制度ではなく、顧客維持、データ獲得、そしてブランド差別化を実現するための極めて重要な戦略的ツールなのです。

本稿では、ホテル運営者が直面する中心的な戦略的ジレンマ、すなわち、独自の閉じたロイヤルティプログラムを構築すべきか、あるいは広範なサードパーティの「共通ポイント」エコシステムに接続すべきか、という問いを分析の主軸に据えます。

このジレンマを通じて、主要ホテルチェーンが採用する戦略を解き明かしていきます。今回は特に、対照的なモデルを採用する二つの巨人、東横インとルートインホテルズに焦点を当てて分析します。


1. 東横インとルートインの基礎情報

両社はいずれも、手頃な価格帯でありながら明確な付加価値を備えたサービスを提供している点で共通しています。

東横インでは、常時5%の宿泊料金割引に加え、「10泊で1泊無料」やビュッフェ形式の朝食無料といった、直接的で分かりやすい特典が魅力です。さらに、会員は一般客よりも6か月早く予約が可能で、リピーターに嬉しい制度も整っています。チェックイン時間は午後3時、チェックアウト時間は午前10時。団体でない場合、キャンセル料は当日12時まで無料と、非常に柔軟です。

ルートインホテルズは、共通ポイント「Ponta」との連携により最大9%以上のポイント還元を実現。宿泊者全員に提供される朝食バイキングは、和洋30品目以上という充実ぶりで滞在満足度を高めています。また、需要が集中する時期にはカード会員限定で宿泊の先行予約や抽選枠も提供されており、利便性と特別感がバランスよく設計されています。チェックインは午後3時、チェックアウトは午前10時。予約は11か月前から可能で、キャンセル料は4日前までは無料、3日前から20%、前日は50%が発生します。

このように、両社は価格訴求型でありながら、異なるアプローチでロイヤルティと顧客満足を両立させている点が注目されます。

2. 東横インの実利的二元戦略

東横インは、中核となる会員制度と提携クレジットカードを意図的に分離(デカップリング)するという、ユニークなアプローチを採用しています。これは、異なる顧客セグメントのニーズに個別に対応するための、極めて実利的な戦略です。

2.1 「東横INNクラブカード」の圧倒的なシンプルさ

クレジットカード機能を持たない「東横INNクラブカード」がロイヤルティ戦略の中核です。その価値提案は明快で、以下の特典が用意されています。

  • 宿泊料金常時5%割引

  • 10泊ごとにシングルルーム1泊無料(実質10%還元)

  • 朝食無料(ビュッフェ形式)

  • 早期予約(会員は12か月前から、一般客は6か月前から)

  • 公式サイト予約で最大400円OFF(予約時200円+事前決済200円)

入会金は一般1,500円(学生1,000円)の一度きり、年会費無料。価格に敏感な出張者にとって、心理的・金銭的なハードルが低い設計となっています。

また、これらの特典は公式サイトや電話予約などの直接予約に限定されており、OTA(オンライン旅行代理店)を介さず顧客と直接つながるという戦略目標を体現しています。

2.2 「東横INN VISAカード」の驚異的な高利回り

クラブカードとは別に、りそなカード発行の提携クレジットカード「東横INN VISAカード」が存在します。年会費は1,375円(税込)ですが、年間30万円以上の利用で翌年度無料になるため、実質無料での維持も可能です。

このカードのポイントプログラムは、りそなカードの「ワールドプレゼント」です。通常の加盟店では200円(税込)ごとに1ポイント(還元率0.5%)ですが、東横インでの支払いに利用するとポイントが2倍、すなわち200円(税込)ごとに2ポイント(還元率1.0%)となります。この還元率自体は、市場において特筆すべきものではありません。

しかし真の価値はポイント交換にあります。500ポイントで10,000円分の東横イン商品券と交換可能で、以下のような驚異的な還元率となります。

  • 50,000円の利用 → 500ポイント → 10,000円の商品券と交換 → 実質還元率20%

この交換は年度内1回に限られる制限がありますが、制度設計として極めて巧妙です。

2.3 『分離』と顧客セグメンテーションの力

東横インの戦略は、以下のように明確な顧客セグメントに対応しています。

  • 課題①:金融商品に抵抗がある価格重視層
    解決策A(クラブカード):シンプルで一度払えば済む非クレジットカード制度

  • 課題②:頻繁に宿泊する優良顧客層
    解決策B(VISAカード):高利回りの特典で決済集約を促すクレジットカード

このように、東横インは「分離」によって両者のニーズに応え、ロイヤルティと収益の最大化を同時に実現しています。

筆者の体験談:実際に使って感じた魅力
私自身、この10年ほどの出張では東横インをメインで利用しており、これらの特典の恩恵を日々実感しています。クレジットカードの枚数を増やしたくないため、「東横INNクラブカード」のアプリ会員証を利用しています。特に嬉しいのは、出張で貯めた宿泊実績を、プライベートの一人旅に使える点です(家族旅行は基本的にヒルトン派です)。また、「あと何泊で1泊無料になるか」が一目で分かるため、ポイントプログラムよりも進捗が明確で、達成感を得やすいのも魅力です。

朝食についても、ここ数年で充実度が増しています。2023年からは従来のビュッフェスタイルに加え、地域性を反映した3つの新しいスタイルが導入されました:具おにぎりstyle、いろいろサンドstyle、コンチネンタル朝食(パン・コーヒー・飲料中心)。さらに、各地の名産を取り入れたオリジナルメニューも増えており、朝食にちょっとした楽しみが加わっています。たとえば、東京駅八重洲北口ではパンが充実、静岡駅南口では「焼津産だし茶漬け」、北口では「県産こしひかりのおにぎり」、新潟駅前ではヨーグルトが提供されるなど、地域ごとの特色が際立っています(→写真参照)。

:昨年夏以降の私の宿泊実績 :数か月前に東横イン新潟駅前で食べた朝食

また、近年感じた点として、羽田空港周辺の東横インでは中国語を話す子連れお客さんが明らかに増えてきたように思います。さらに、過去2年ほどの間に一部の羽田周辺店舗で客室のリフォームが行われ、内装がアップグレードされた印象も受けました。東横イン全体の進化を、リピーターとして肌で感じています。(一方で、ごく一部の古い施設では、客室の水回りやトイレから少しにおいが気になることもありました。)

3. ルートインの「Pontaエコシステム統合戦略」

東横インの自社完結型モデルとは対照的に、ルートインホテルズは独自のポイントシステムを構築するのではなく、巨大なサードパーティのポイントネットワークに接続するという異なる道を選びました。

3.1 Pontaの活用という戦略的選択

Pontaとの連携により、ルートインは既存のPontaユーザーに即時リーチ可能となり、消費者は馴染みのポイントをホテルでも利用可能。これは、ロイヤルティを「使いやすさ」で捉える現代消費者に非常にマッチした設計です。

一方、ブランド管理や顧客データの主導権を一部外部に委ねるトレードオフも存在します。

3.2 最大9.09%の還元率を誇るルートインホテルズPonta VISAカード

この提携カードの年会費は1,375円(税込/初年度無料)で、年間20万円以上の利用で翌年も無料。

ポイント還元構造は以下の通り:

  • 通常宿泊ポイント:110円(税込)で3P(約2.73%還元)

  • クレカ決済ボーナス:同額で7P(約6.36%)

  • 合計最大還元率:110円で10P=約9.09%

ルートイン外での利用は還元率0.5%に留まり、用途は限定されますが、ホテル利用に特化した設計です。

さらに、花火大会などの繁忙期にはカード会員限定の先行・抽選予約も用意されており、非金銭的な「特別感」も付加価値として機能しています。

3.3 「ポイントの流動性」を重視する現代の消費者

多くの消費者が複数ポイントを管理する時代において、ルートインは「今あるPontaを高効率で使える場」として自社を位置づけています。

共通ポイント活用によるコモディティ化(没個性化)のリスクには、イベント限定特典で対抗。Ponta経済圏の利便性を活かしつつ、自社に固有のロイヤルティ構築を図るという、バランス感覚に優れた戦略です。

4. 東横インとルートイン、その戦略的分岐点

両社はビジネスホテルとして共通点が多い一方、ロイヤルティ戦略には明確な違いがあります。

  • 東横イン:即時的・明快な還元。非クレカ層も取り込みやすい構造で、利用ごとの「実感」と「達成感」に重きを置く。

  • ルートイン:日常生活とポイントが連動する「汎用性」を訴求し、現代的な行動様式にフィット。外部エコシステムと自社特典を巧みに組み合わせている。

まとめると、

  • 「明快な還元と確実なリターン」を求めるなら 東横イン

  • 「ポイントの流動性と日常性」を重視するなら ルートイン

という選択が、ユーザーの嗜好やライフスタイルに応じた最適解となるでしょう。

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