【推し活ELECTRA】人は何故、推しのモンペになるのか
昨日は試合があったけど、推しの出番がなかった。流れ的にそういうタイミングじゃないんだなって思って、割り切ってた。
しかし、中には「どうして推しを出してくれないのよ!」とモンペ(モンスターズペアレント)みたいになっちゃう人もいるらしい。これは推しが有名人だろうと、自分の子供だろうと変わらないのかもしれない。
誰だって、「うちのコが一番」と思ってしまう。それは当たり前の心理だと思う。一番応援しているからこそ、輝く場所で戦ってほしいのだ。オリンピックの舞台でも、選考メンバーに選ばれなかったら「何で?!」と思って、人によっては訴えちゃう人もいる。人によっては、「次の舞台に向けて戦う」「環境を変える」などあるだろうけど。
本人は切り替えようと努力していたのに、周りの人間はそれに対して納得できないと思ってる人が多い。そこには「うちのコが一番」という心理が働くから、輝く場所で戦うことができないと「どうして?」と思うのだ。
「うちのコが一番」だから、輝く場所で戦えるのが当たり前だと思っている。お芝居みたいに、みんながみんな主役になれないし、スポットライトが当たるとは限らないけど、スポーツの世界だと瞬間ごとにスポットライトが当たるのだ。
例えばサッカーだと、パスする選手がいて、アシストする選手がいて、ゴールを決める。ゴールを決めた選手にフォーカスしがちだけど、実際はその前の段階にいる選手たちにもスポットライトが当たるのだ。テレビの画面を切り替えるイメージで見たら、多分わかるかもしれないけど。
これが「推し」の場合でも変わらない。基本が「うちのコが一番」なので、どんな状況でも「うちの推しが一番尊い」となって何もかもが良くなってしまう。どの場面でも「推しが一番」なので、どの部分でも良くなってしまう。しかし、出番がなかったら「推しが一番」でも「つまらない」「残念」とネガティブな方向になってしまう。
そういう時は、良いところを見るしかないだろうと思っている。例えば前述でいった昨日の試合の場合だと、
「推しの出番がなかった」
↓
「良かったところはないかな」
↓
「チームが勝った」
↓
「怪我から復帰した選手が出られたね」
↓
「試合後が楽しみだ!」
そんなことが想像できるのだ。この心の余裕が「うちのコが一番」で縛られた感情から解放されるといえるのかもしれない。
そんな時、Twitter(X)のフォロワーさんからこんな言葉をもらった。
今日の流れなら、仕方がないですね…
前節は彼の粘りがあったからこそだったし、また活躍してくれると楽しみです!
多分、周りの人もそう思ってるから、次に期待できると思わせてくれる。1試合出られなくても、次に期待しているからそう思えるんだって。
この視点は「うちのコが一番」で縛られていると浮かんでこなくなる。でも広い視点で俯瞰すると、「今日は仕方がないから、次に期待だね」と思えちゃうのだ。
つまり、「人は何故、推しに対してモンペになるのか」というと、『うちのコが一番』が前提にあるからだと思っている。そして、狭い視点で物を見るからその気持ちに縛られて、動けなくなるのだ。広い視点で見ると、「今日は仕方がないな」と割り切れるようになれる。そして、未来に向けて期待しちゃうのである。
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