「経済バブル時代の申し子」が辿った道
会社員になって脂が乗って来た30代、私はバブルの真っただ中にいた。 経済はどんどん成長し、景気は良くなる一方で、すべての企業で給料は毎年の様に上がって行った。
バブル経済の成長が更に勢いを増し、物価は上がるがそれ以上に給料も上がる様になると、会社の同僚や先輩の中に「会社の住宅融資でも一般融資でも借りれる物は借りなきゃ損だ。 退職までに何倍かに上がった退職金で簡単に返済できる!」と言う人が珍しくなくなって来た。
当時、スペインのラテン文化にすっかり染まり、それを心のバイブルとしていた私は、深く考えもせず、いとも簡単にその言葉に同調した。 これが私のバブル人生の始まり、通称「バブリン」の誕生だった。 住宅融資を借りて家を建て、一般融資を借りてアマチュア無線などの趣味につぎ込み始めた。
一旦そうなると、金銭感覚は麻痺してしまう。 退職金で一括返済ができるのだからと、カードローンを借り始めた。 勤務先が関係他社と相互に社員に発行し合っていた関係でカードは何枚も持たされていたので、借入額を増す事は簡単だった。 それでもバブルの拡大はどんどん勢いを増す一方だったので、この分なら増額する退職金で借金を一掃するのは簡単だと確信していた。
今なら誰でも眉をひそめるだろう。 しかし当時の風潮では、慎重で堅実な人もたくさんいたとは思うが、必ずしも指差されて「悪だ」と言われる話でもなかった。
それから5年ほど経過して、証券会社に出向する事になった。 1990年の1月正月休み明けの初日だった。 新しい勤務先に初めて出勤した朝、社内は凄い騒ぎだった。 社員が全員「株価表示スクリーン」の前で真っ青な顔をして棒立ちしていた。 スクリーンに目をやると全銘柄が緑色で表示されていた。(上昇が赤色、下落が緑色で表示される) なんと全銘柄大暴落の開始、バブル崩壊の初日だったのだ。 前年の最終日12月29日がバブルのピークだったのだ。
借金まみれの私に警告とも思える刃が突き付けられたのである。 今から思えば、バブル崩壊の初日に証券会社に出向とは、正に私に対する神様からの警告だったとしか考えれない。 こんなドラマみたいな事が実際に起きるのだ。 しかし私は浅はかだった。 金融業界に勤めていながら大きな経済の流れを理解できず、その内すぐに株価は反発すると高を括っていた。
私が借金してまで金をつぎ込んだ趣味はアマチュア無線や天体観測・オーディオなどだった。 アマチュア無線設備で揃えた物としては、まず庭に鉄塔を建てて短波帯用の巨大アンテナを載せた。 無線室には何十台もの無線機が並んだ。(カバー写真)
天体観測では、庭にスライドルーフ式(使わない時は屋根を両側からスライドして閉められる)の天体観測室を自分で作り、中には大型の天体望遠鏡システムや特殊関連装置、それらを制御するPCが数台並んだ。

オーディオでは海外製の大型フロア型スピーカーに大出力アンプなどが並んだ。 クラシック音楽を楽しむだけでなく、当時全盛だったカラオケ用のレーザーディスクのオートチェンジャーまで入手して、カラオケにものめり込んだ。

今の時代、これを見て呆れない人はいないだろう。 これだけの物があると言う事は、我が家にはしょっちゅう宅配業者や運送業者が大きな荷物を届けていたと言う事だ。 購入した製品を他の物に替えたくてオークションなどで売る事も多かったので、毎日の様に出入りする大きな荷物に、隣の奥さんはいったい隣の家では何しているのかと大変驚き、心配していたそうだ。
この状況が収まり始めたのはその後しばらく経ってからだった。 何年か経って、バブルは過去の異常な現象で、あんな時代はもう二度と戻って来ないと誰の目にも明らかになった。 これでは話が違う! これは大変な事になったと思った。 何もしなくても返せるはずだった借入金が一気に両肩にのしかかって来たのだ。 今まで会社の借入金の返済は退職まで一切猶予されていたが、急に高額な毎月の返済金が要求されるようになった。 さすがにかつての様な私のバブル行動はなりを潜めた。
その後、永年務めた会社を辞めて、新しい活路を求めて他の会社をいくつか経験し、海外の会社勤務も経験した後、最後は腰を据えて自立自営の個人事業を始める事になった。
個人事業を始めてから、人生で初めて本気になって仕事一本に打ち込むようになった。 趣味には全く興味がなくなり、すべて捨てた。 私が趣味自体を手放したのは人生で初めての事だった。 始めた事業が、趣味で培った技術を生かした物だったので、「遊びが真剣な仕事になった」事が大きかった。 趣味を捨てて、自分が如何に常軌を逸した金のつぎ込み方をしていたかが強く自覚されるようになった。
趣味を捨てた分、事業にすべてが集中できた。 必死に仕事に打ち込んだ。 正気の自分の生きざまを取り戻そうと夢中になったのだと思う。 運が良かったのは、事業は順調に展開し、長い間苦しんだバブル時代からの多額の借金の残債をすべて完済する事ができた事だった。
今年になってこの個人事業も廃業し、年金生活が始まった。 私の「バブル体質」はすっかり姿を消してしまったが、欲しい物が全くなくなった訳ではない。 わずかな蓄えと年金を目の前に、どうやって生活レベルを維持していくか、否が応でも真剣に考える様になった。
今までは、ある物が必要となったり欲しくなったりした場合、すぐ買う事を考えていたのだが、少し考えるようになった。 すぐにPCでAMAZONのサイトを開いて「買う」をクリックをしないで、一旦間を置く様になった。 しばらくしてまたAMAZONを開く、そして閉じるを繰り返すようになった。
そんな事を繰り返しながら数週間が経つ事もあった。 今までは絶対に起こり得ない事だった。 多くの人はそうするのが当たり前だと思うが、自分には全く馴染みのない行動だった。 そんな事を繰り返している内に、新しい発見をする事になった。
その欲しかった物よりもっと欲しい物が出て来るのだ。 あれだけ欲しくてすぐにでも買いたかった物の順位は明らかに大きく下がり、どうでも良くなる事すらあった。 「あ~買わないで良かったんだ!」と人生で初めての経験をすることになった。
そして、妻が時々私をうらめしそうな顔をしながらこぼしていた事は、この事だったんだと気が付いた。 「あなたは欲しいと思ったらすぐに買うのね。 私は悩んで悩んで悩んでそして買わない。」と言っていた。 「欲しいと思ったら、しばらくの間悩んで、それでもどうしても欲しいと思った時だけ買うようにしたら?」とも言っていた。 私がずっと無視して来た言葉だった。
結局、私は人生の大半をバブリンとして生きて来た。 そしておそらくそれ以前から心の何処かに持っていた「イージーな金銭感覚」を最終的に修正できたのもこんな歳になってからだった。
バブルに染まりながら、趣味だけに限らずやりたい事はすべてやり尽くして生きて来た人生だった。 それは必死になって支えてくれた家族の犠牲があったからこそ出来た事だった。 今でもそれを思うと一番胸が痛む。 しかしその家族に借金だけは残さないで済んだ事は、最低限の「滑り込みセーフ」だった。
今、元バブリンはなんとかホームベースを踏めるよう、いつも家族の幸せだけを考えて日々暮らしている。
