見出し画像

「Solaria 番外編|はじまりの音」

■ Solaria X【公式】
■ Solaria instagram【公式】
■ Solaria YouTube【公式】 
■ Solaria【公式】LINEスタンプ
 

 
「番外編 | はじまりの音」
  
ピアノの音が、部屋いっぱいに広がっていた。

「もう一回、そこから弾いてみようか」

やさしい声。

隣にいるのは、母。

 

まだ小さなゆいは、背筋をぴんと伸ばして鍵盤に向かう。

小さな指。

でも、その音はまっすぐだった。

「そう、その音」

母が微笑む。

「ゆい、今のすごく良かった」

褒められると、少しだけ照れる。

でも、嬉しい。

もっと弾きたくなる。

もっと、届けたくなる。

それが——

ゆいにとっての音楽だった。

三歳。

ピアノと、声楽。

初めてのレッスンの日。

母は、こう言った。

「音楽はね、楽しいものなの」

「誰かと、気持ちを分け合えるもの」

その意味は、まだわからなかったけれど。

ゆいは、音を鳴らすことが好きになった。


幼稚園。

小さなステージ。

ライトが当たる。

「次は、白石ゆいちゃんです」

名前を呼ばれる。

少しだけ緊張して。

でも。

客席を見ると、母がいる。

にこっと笑っている。

それだけで、安心できた。

歌う。

まっすぐに。

その声は、空気を震わせる。

歌い終わったあと。

大きな拍手。

「すごい……」

「綺麗な声……」

そんな声が聞こえる。

結果発表。

「優勝——白石ゆい!」

一瞬、静まり返って。

そのあと、大きな歓声。

母が、誰よりも嬉しそうに拍手している。

その姿を見て。

ゆいも、笑った。

 

年長組。

今度はピアノ。

少し大きなホール。

照明。

静まり返る空気。

鍵盤に手を置く。

(大丈夫)

そう思えたのは。

やっぱり、母がいたから。

音を紡ぐ。

一音、一音。

想いを乗せる。

演奏が終わる。

静寂。

そして、拍手。

結果は——

準優勝。

悔しさは、少しあった。

でも。

母が言った。

「よく頑張ったね」

その一言で、全部報われた気がした。

帰り道。

手をつなぐ。

「ねえ、ママ」

「うん?」

「音楽って、楽しいね」

母は、少し驚いて。

それから、優しく笑った。

「そうだね」

「楽しいね」

その日々は。

光そのものだった。

——そして。

ある日。

その光は、突然消えた…

 

 

病院。

白い部屋。

静かな機械音。

呼びかける。

でも。

返事は、ない。

もう二度と。

聞こえない。

音が、消えた。

世界から。

すべての音が。

ピアノの蓋を、閉じる。

それが。

最後だった。

 

9歳の誕生日。

静かな家。

何もない日。

——ピンポーン。

扉を開ける。

そこにいたのは。

同級生の女の子。

「ゆい、誕生日でしょ?」

にこっと笑う。

「これ、持ってきた」

取り出したのは、楽譜。

「……曲」

「ゆいのために作ったの」

 

時間が、止まる。

ピアノの前。

閉じられた蓋。

少しだけ迷って。

彼女は、そっと開けた。

音が、鳴る。

やさしい旋律。

懐かしい温度。

でも途中で。

揺れる。

不安。

悲しみ。

それでも最後は。

光へと向かう音。

演奏が終わる。

静寂。

「……どうして」

ゆいの声が震える。

「こんなに、綺麗なの」

涙が、こぼれる。

「私……もう、音楽やめたのに」

彼女は、まっすぐ言った。

「だって」

「ゆいの音楽、好きだから」

その一言で。

止まっていた時間が、動き出す。

 

夜。

ピアノの前。

母の言葉を思い出す。

「誰かの心に届いたときに」

「初めて意味があるの」

今日。

確かに、届いた。

そして。

届いたからこそ。

また、繋がった。

ゆいは、手を伸ばす。

震える指。

鍵盤に触れる。

——ポロン

音が、鳴る。

小さくても。

確かな音。

涙が落ちる。

それでも。

弾く。

もう一度。

もう一度。

音が重なり。

やがて、メロディになる。

「……届くかな」

小さく、呟く。

でも。

もう、知っている。

音楽は。

誰かに届くものだと。

そして。

それが——

また誰かを、動かすものだと。

閉じられていたピアノは。

もう、閉じられない。

その日。

白石ゆいは、再び音楽と出会った。

それは。

“はじまりの音”。

そして、いつか——

誰かの未来を照らす音へ。


番外編 はじまりの音 (終)

いいなと思ったら応援しよう!