「Solaria 3rd Stage 第八話|海と、6人の距離(後編 Bパート)」
深夜——もう一つの弱さ
どれくらい眠っていただろう。
雨音は、もう静かになっていた。
さっきまで轟いていた雷鳴も、今では遠い山の向こうで小さく響くだけ。
押し入れの中はほんのり暖かい。
ひなたは安心したように穏やかな寝息を立てていた。
「……。」
あかりはゆっくり目を開ける。

(……あ。)
(押し入れだった。)
思わず苦笑する。
「ふふ……。」
その時だった。
(……。)
(トイレ行きたい。)
急に現実へ引き戻される。
「……。」
しばらく我慢してみる。
しかし。
(無理。)
小さくため息をつく。
「ひなた。」
肩をそっと揺する。
「……ん……。」
「起きて。」
「なぁに……。」
まだ眠そうな声。
「一緒に来て。」
「どこ?」
「トイレ。」
「……。」
ひなたはぼんやり考える。
「一人で行けば?」
「お願い!!」
即答だった。
押し入れの外から、クスクスと誰かが寝返りを打つ音が聞こえる。
ひなたは少しだけ目を細めた。
「……。」
「もしかして。」
ニヤリ。
「怖いの?」
「ち、違うし!」
「夜の民宿ってちょっと苦手なの!」
「だから!」
「付き合って!」
ひなたは笑った。
「さっきまで私だったのに。」
「……。」
「しょうがないなぁ。」
「行こ。」
真夜中の廊下
障子を静かに開ける。
ギィ……
廊下はまだ真っ暗だった。
窓の外には雲の切れ間。
月が少しだけ顔を出している。
木造の廊下。
ギシ……
一歩歩くたびに床が鳴る。
あかりは自然とひなたの服をつかんでいた。

「……。」
「まだ怖い?」
「怖くない。」
「ほんと?」
「……少しだけ。」
二人は笑う。
昼間なら何でもない廊下。
でも夜になると、
まるで別の建物のようだった。
柱の影。
廊下の曲がり角。
古時計。
風で揺れる障子。

(怖い怖い怖い……。)
あかりは心の中で唱え続ける。
一方のひなたは、
(さっきより全然平気。)
不思議だった。
さっきまで押し入れに逃げ込んでいた自分が、
今は誰かを守る側になっている。
そんなことを考えながら歩いていた。
突き当たり。
右へ曲がる。
その瞬間だった。

「きゃぁぁぁぁぁぁ————!!」
「うわぁぁぁぁぁ————!!」
二人は同時に叫び、
全力で部屋へ駆け戻った。
大騒ぎ
「何!?」
「どうしたの!?」
しおりが飛び起きる。
ゆいも眼鏡を探しながら起き上がる。
さくらは布団を抱き締め、
あゆみはさくらにしがみついていた。
「で、出たぁ!!」
「何が!?」
「お、おば……。」
あかりは息を切らしながら叫ぶ。
「オバケ!!」
ひなたも完全に涙目だった。
「いた!」
「立ってた!」
「人がいた!」
部屋の空気が一瞬で張り詰める。
その時だった。
コンコン。
障子の向こうから声がする。

「おやおや。」
「こんな夜中に、どうしたんかい?」
障子が開く。
そこには。
西彦荘のおばあちゃんが立っていた。
「トイレの帰りにねぇ。」
「廊下であんたら見かけたもんだから。」
「こっちがびっくりしたよ。」
一瞬。
沈黙。
しおりはすべてを理解した。
「あ、大丈夫です。」
「少し夢を見ちゃったみたいで。」
「そうかい。」
おばあちゃんは優しく笑う。
「今日は雷がすごかったからねぇ。」
「ゆっくり休みな。」
「はい。」
障子が閉まる。
静寂。
しおりはゆっくり振り返る。
「……。」
「二人とも?」
ひなたとあかりは正座した。
「ごめんなさい。」
「……。」
部屋中が吹き出した。
「ふふふっ!」
「もう!」
「びっくりしたぁ!」
笑い声が畳の部屋いっぱいに広がる。
朝——嵐のあと
障子の向こうが少しずつ白く染まる。
鳥のさえずり。
潮騒。
昨日の嵐が嘘のようだった。
「……朝だ。」

しおりがゆっくり起き上がる。
「せっかくだし。」
「海、行ってみる?」
「行く!」
ひなたが真っ先に返事をする。
「元気ね。」
「昨日押し入れにいた人とは思えない。」
「忘れて!」
全員が笑う。
布団を畳み、
部屋を整える。
窓を開けると、
潮風がふわりと吹き抜けた。
畳の香りと海の香りが混ざり合う。
あゆみは静かに思った。
(こういう朝も……。)
(いいな。)
朝の浜辺
砂浜には誰もいなかった。
昨夜の雨で空気は澄み切っている。
朝日に照らされた海は、
宝石のように輝いていた。

「気持ちいい———!!」
ひなたが駆け出す。
その後をあかりが追いかける。
「待ちなさい!」
「捕まえてみてー!」
さくらは貝殻を拾い、
ゆいは海を眺めながら大きく伸びをする。
しおりは静かに波打ち際を歩く。
そして。
あゆみも自然とみんなの輪へ走っていった。
昨日までなら、
少し後ろを歩いていた。
でも今日は違う。
「待ってください!」
笑顔だった。
誰よりも楽しそうだった。
しおりはその姿を見て、
小さく微笑んだ。
朝食
西彦荘の食堂。
焼き魚の香り。
味噌汁。
炊きたてのご飯。
「いただきます!」
その時。
小さな女の子がお茶を運んできた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ゆいが優しく受け取る。
おばあちゃんが笑う。

「孫の咲だよ。」
「小学三年生。」
「よろしくね!」
「よろしく!」
ひなたが満面の笑みで返す。
咲ちゃんは興味津々で六人を見つめていた。
「お姉ちゃんたち。」
「何してる人?」
ひなたは胸を張る。
「スクールアイドル!」
「アイドル!?」
目が輝く。
「歌えるの?」
「もちろん!」
「ひなた。」
あかりが苦笑する。
「朝から営業しない。」
食堂が笑いに包まれる。
咲ちゃんは今度はあゆみの前へ来た。
「お姉ちゃんもアイドル?」
あゆみは少し照れる。
「まだ……。」
「見習いかな。」
咲ちゃんは首をかしげ、
にっこり笑った。
「でも。」
「一番優しそう。」
「え?」
あゆみは驚く。
胸が少しだけ温かくなる。
海辺の小さなステージ
朝食のあと。
浜辺。
ひなたが咲ちゃんを見る。
「ねぇ。」
「一曲だけ。」
「見せてあげようか。」
「ほんと!?」
目が輝く。
六人は顔を見合わせる。
誰からともなく頷いた。
「それじゃあ。」
ひなたが一歩前へ出る。

「私たちは。」
「星ヶ丘学園スクールアイドル部。」
「Solariaです!」
潮風が吹く。
歌が始まる。
波音と重なるハーモニー。
観光客が足を止める。
宿泊客も集まる。
おばあちゃんは縁側から静かに見守っていた。
「若い子の歌声ってねぇ。」
「不思議なもんだ。」
「宿まで元気になる。」
ぽつりと呟く。
歌は海へ広がっていく。
空へ。
波へ。
人々の笑顔へ。
あゆみは歌いながら思う。
(これが。)
(届けるってことなんだ。)
大きな拍手
曲が終わる。
「ありがとうございました!」
大きな拍手。
咲ちゃんは目を輝かせていた。

「すごい!」
「私も。」
「スクールアイドルになれるかな?」
ひなたは迷わなかった。
「なれるよ。」
「本当に?」
「うん。」
「一人じゃなくてもいい。」
「大切なのは、一緒に笑える仲間に出会うこと。」
咲ちゃんは何度も頷いた。
別れ
帰る時間。
おばあちゃんが見送る。
「またおいで。」
「はい!」
咲ちゃんが走ってくる。
「待って!」
両手には小さな貝殻が六つ。

「これ。」
「お守り。」
「昨日拾ったの!」
六人へ一つずつ渡していく。
あゆみはそっと手のひらに乗せた。
小さな白い貝殻。
「ありがとう。」
「また来てね!」
「約束!」
手を振り続ける咲ちゃん。
その姿が少しずつ遠ざかっていく。
帰りの電車
夕暮れ。
車窓にはオレンジ色の海。
みんな疲れ切って座席にもたれていた。
「濃すぎた……。」
あかりが笑う。
ひなたも遠くを見る。
「もう雷だけは勘弁……。」
「押し入れ。」
「言わないで!」
また笑いが起きる。
やがて静かになる。

あゆみだけが窓の外を見ていた。
窓ガラスには、
少しだけ大人びた自分の表情が映っている。
しおりが静かに口を開いた。
「……少し。」
「変わったわね。」
「え?」
「顔。」
あゆみは照れながら笑う。
その笑顔は、
入部した頃よりずっと自然だった。
車窓の向こうでは、
夕日に照らされた海がゆっくりと流れていく。
あゆみ(モノローグ)
(昨日までの私は。)
(まだ、お客さんだった。)
(でも今日。)
(私は少しだけ。)
(Solariaの一員になれた気がする。)
手のひらには、
咲ちゃんからもらった小さな貝殻。
ぎゅっと握りしめる。
✦モノローグ✦
(この夏。)
(きっと、何かが変わり始めている。)
(それは、私たちだけじゃない。)
(歌を届けた人の心にも、小さな光が灯っていると信じて――。)
夕焼けの中を、電車は静かに走り続ける。
第八話 海と、6人の距離(後編 Bパート) (終)
▶ Solaria 3rd Stage 第九話
― 夏祭りの約束 ― へ続く
