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「Solaria 3rd Stage 第六話|海と、6人の距離(中編)」

 

夕食の時間になると、民宿の食堂は香ばしい匂いに包まれた。

焼きたての魚からは湯気が立ち上り、煮物や味噌汁の優しい香りが食欲を誘う。木のぬくもりを感じる食卓を囲み、六人はグラスに注がれたオレンジジュースを手にした。

「じゃあ、いただきます!」

 軽くグラスを合わせると、元気な声が重なる。

「いただきます!」

 最初の一口を運った瞬間、自然と笑みがこぼれた。

「おいしい……!」

 その何気ない一言に、全員が頷き合う。

 そんな六人の様子を、民宿の女将であるおばあちゃんが穏やかな目で見つめていた。

「あんたたち、学生さんかい?」

 ひなたが元気よく顔を上げる。

「はい! 中学生と高校生と大学生です!」

「ほう……仲がいいねぇ」

 その言葉に、ゆいが微笑んだ。

「同じ部活なんです」

「部活?」

 あかりが胸を張る。

「スクールアイドルやってます!」

 一瞬だけ、おばあちゃんは首をかしげた。

「……あいどる?」

 しおりが優しく説明する。

「歌って踊る活動なんです」

「へぇ……今どきだねぇ」

 感心したように頷く姿に、あゆみも少しだけ勇気を出した。

「大会とかもあって……」

「ほぉ、それは大したもんだ」

 すると、ひなたが待ってましたと言わんばかりに笑う。

「この前、準優勝したんです!」

「おやおや、それはすごいじゃないかい」

 おばあちゃんは目を細めて笑った。

 そして少しだけ間を置いて、静かに続ける。

「でもねぇ」

 六人が自然と耳を傾ける。

「こうしてみんなでご飯を食べてる顔が、一番いい顔してるよ」

 その言葉に、食堂がふっと静かになった。

 誰もすぐには返事ができない。

 やがて、さくらが小さく頷く。

「……はい」

 あゆみは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

(……いい顔)

 そんなふうに言われたのは、初めてだった。

 

 おばあちゃんは立ち上がり、食器を手に取りながら振り返る。

「今どきの学生さんは、ええもん持っとるねぇ」

「大事にしなさいよ」

 そう言い残して台所へ戻っていく。

 少しだけ照れくさい空気が流れた。

「……なんか、照れるな」

 ひなたが頭をかく。

「でも、ちょっと分かるかも」

 あかりが笑うと、ゆいも静かに頷いた。

「うん……」

 あゆみは改めてみんなの顔を見回す。

(ここ……)

(やっぱり、好きだな)

 誰も特別なことはしていない。

 ただ、一緒に笑って、ご飯を食べているだけ。

 それなのに、この時間が何よりも愛おしかった。

 

 食後、六人は露天風呂へ向かった。

 夜風が頬を撫で、湯けむりが柔らかく立ち上る。

「あかり!」

「むふふふ、勝ったわ!」

あかりの隣で体を洗っていたひなたが視線を向けた。

「ちょっ、何見てんの!」

 賑やかな笑い声が、静かな温泉宿いっぱいに響き渡る。

 その様子を少し離れた場所から見つめながら、あゆみはぽつりと呟いた。

「いいな……」

「楽しそう……」

 その隣へ、さくらが静かに腰を下ろす。

 

「楽しいよ」

 優しく笑って続けた。

「だって、あゆみちゃんもいるから」

 あゆみは少し驚いたように目を見開き、それから照れたように笑った。

「……はい」

 二人の笑顔に釣られるように、またみんなの笑い声が響く。

 やがて笑いも少しずつ落ち着き、
 六人は肩まで湯に浸かったまま夜の海を 眺めていた。

 露天風呂の向こうでは、静かな波が月明かりを揺らしている。

 聞こえてくるのは、規則正しい波音だけだった。

 風呂上りに、六人は縁側へ並んで腰を掛けていた。

 潮の香りを含んだ夜風が、火照った頬を優しく撫でていく。

 遠くから聞こえる波の音。

 虫の声。

 時折聞こえる漁船のエンジン音。

 都会では聞くことのない静けさが、そこにはあった。

「なんかさ」

 ひなたが空を見上げながら笑う。

「こういう時間って、修学旅行みたいだね。」

「確かに。」

 あかりも夜空を見上げる。

「でも修学旅行って、同じ学年だけじゃない?」

 さくらが言う。

「私たちは違うもんね。」

 あゆみも少しだけ笑った。

「中学生と高校生と大学生が、こんなふうに旅行してるなんて、不思議ですよね。」

 ゆいが穏やかに頷く。

「普通なら、たぶん出会うこともなかったかもしれない。」

 その言葉に、しおりが静かに続けた。

「でも今は、同じ景色を見て、同じご飯を食べて、同じ夢を追いかけてる。」

 ひなたが照れくさそうに笑う。

「なんか……家族みたい?」

 あかりは首を横に振る。

「ううん。」

 少しだけ考えてから微笑む。

「家族とも、友達とも違う。」

「学年も年齢も関係なく、一つの夢でつながってる仲間。」

「それが、Solariaなんだと思う。」

 一瞬だけ、静かな風が吹き抜ける。

 誰も言葉を返さなかった。

 返す必要がなかった。

 きっと六人とも、同じことを思っていたから。

 それだけなのに、不思議と心が満たされていく。

 ひなたが立ち上がり、大きく背伸びをした。

「あーーーっ!」

 海へ向かって思い切り叫ぶ。

「今日は最高ーーー!!」

 その声が夜の海へ吸い込まれていく。

「ちょっと!」

 あかりが笑いながら肩を叩く。

「近所迷惑!」

「えへへ。」

 照れ笑いを浮かべるひなた。

 その姿に全員が笑い出した。

 しばらく笑い声が止まらなかった。

 お腹が痛くなるほど笑う。

 涙が出るほど笑う。

 そんな夜が、どれくらいぶりだっただろう。

 笑い疲れた頃。

 今度は誰からともなく黙り込んだ。

 静かな海。

 星空。

 夏の風。

 その沈黙さえ、気まずさはなかった。

 同じ景色を見ているだけで十分だった。

 

そのあと六人は砂浜へ降り、手持ち花火に火を灯した。

 赤。

 青。

 緑。

 金色。

 小さな光が夜の海辺を彩っていく。

「あっ!」

 さくらの花火が勢いよく弾け、思わず後ずさる。

「怖っ!」

「全然怖くないじゃん。」

 ひなたが笑う。

 その横で、あゆみは線香花火をじっと見つめていた。

 小さな火の玉が揺れるたびに、胸の奥まで温かくなる。

「きれい……。」

 自然と漏れた言葉だった。

「そうだね。」

 隣でさくらも同じ花火を見つめる。

 誰も急かさない。

 誰も騒がない。

 ただ夏だけが、ゆっくり流れていた。

 

 それぞれの手には、小さな手持ち花火。

 ぱちぱちと弾ける光が、夏の夜を優しく照らしていた。

「一生の思い出だね」

 ゆいがぽつりと呟く。

「あの時、ひなたがいたから——」

 その言葉を受けるように、しおりが静かに続けた。

「Solariaがあるのよね」

「廊下で声をかけてもらえなかったら……」

「今頃、普通の高校生活だったかも」

 しみじみと語るしおりに、さくらがくすっと笑う。

 ひなたは目元を押さえながら、

「ぐすん……」

 とわざとらしく鼻をすする。

 その姿に、あかりが吹き出した。

「よかったじゃん!」

 みんなもつられて笑う。

 その笑い声は、波音に溶けて夜空へ消えていった。

 やがて最後の線香花火が静かに燃え尽きる。

 誰もすぐには歩き出さなかった。

 六人は波打ち際に並び、静かな海を見つめる。

 

 砂浜には、さっきみんなで書いた大きな文字。

 ——Solaria。

 まだ赤く残る花火の火が、その文字を淡く照らしていた。

 しばらく沈黙が続いたあと、あゆみが小さな声で呟く。

「……私も」

 少しだけ息を整えてから続けた。

「ここにいて……いいんですよね」

 すぐ隣で、さくらが優しく微笑む。

「もちろんだよ」

 その一言だけで十分だった。

「あ……」

 あゆみも、自然と笑顔になる。

 その笑顔を見て、ひなたも、あかりも、しおりも、ゆいも、静かに微笑んだ。

 誰も何も言わない。

 ただ、寄せては返す波を眺めているだけ。

 夏の夜風。

 遠くで揺れる漁船の灯り。

 その静けさが、不思議なくらい心地よかった。

 やがて、ひなたが振り返る。

「戻ろっか」

 その一言に全員が頷き、六人はゆっくりと民宿への道を歩き始めた。

 

 布団に入ると、一日の疲れが一気に押し寄せてくる。

「おやすみー」

「おやすみ」

 小さな挨拶が交わされ、部屋の灯りが消えた。

 聞こえるのは、波の音だけ。

 静かな夜だった。

 ——その時。

 遠い空が、一瞬だけ白く光る。

 ゴロ……

 かすかな雷鳴。

 その音に気付いた者は、まだ誰もいなかった。

 あゆみは眠りに落ちる直前、ぼんやりと今日一日を思い返していた。

(今日……楽しかったな)

(でも——)

(まだ、何か……)

(見えてない気がする)

 波の音が静かに寄せては返す。

 その向こうで、雷鳴だけが少しずつ近づいていた。

 

  
 第六話 海と、6人の距離(中編) (終)
 
  
 
▶ Solaria 3rd Stage 第七話|
― 海と、6人の距離(後編) ― へ続く

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