2024音楽記録(20曲)
1.Space Oddity (1969) / David Bowie
くぐもったギターが遠くで鳴っている。夢に現れたような象徴的な存在感でそこにいる、部屋は暗くて顔が見えない。スポットライトに照らされたみたいに、ボウイの声が聴こえる。いつもみたいに絶対的な態度で直立している。どこか甲高く、はっきりとした声、演技がかった、人格を乗せるような歌い方。ボウイの視線は鋭くて、その目は、他人の視線にどう自分が映っているかなんて気にしない。自らが美しくあるための、自分を見つめる視線だけがそこにある。一音一音で存在感を示すボウイの声は最も好きな声の1つ。サビでシンセが流れた瞬間に浮かぶ映画のような映像。仄暗い部屋にあるスクリーンで映画を観ている、ソファに座ったボウイ、ゆっくりカメラが寄っていく。視線はスクリーンに向けたまま、映像の光に照らされた横顔。サビは宇宙を漂うようにシンセが覆い、ドラムは機械的に短いシンプルなフレーズを繰り返す、豊かなベースが情感を感じさせる。
2.Regenerative Being (2016) / Eluvium
優しい怪物を思わせるモゴモゴとした電子音。かと思えば上空を広がる、真っ白なオーロラのように神聖な電子音。ゆらゆらときらめく電子音。オペラのふくよかな歌声。おそるおそる鳴っているピアノの音はどこにも着地せずに行ったり来たりするのだけど、単音そのものが、一つ一つ生き物であるかのように感情を持っている。うまく形容できないのだけど、初めから終わりまで感動的な7分間。
3.An Tull (1982) / Clannad & Enya
踏み入れて行くようなパーカッションに続く、その曲の行き先を教えてくれる輝くギターでパッと道が開く、どこか迎え入れてくれるよう。軽やかで同じメロディを歌い繋いでいくエンヤの歌は行ったことのないアイルランドの風土を感じさせる。このある種軽やかで繰り返しのメロディの中で散り散りに鳴っているキーボードやベースがぴたっと重なり、コーラスが入り、瞬間表情を変える「'S do thabhairfinn púnt ar é bhlaiseadh arís」のところ(合ってるかな)。突然心の内側に囁かれるような心地、この重厚さがまさに80年代で良い。80年代真っ只中の森の中にいるみたい。子供の頃に映画を観たあと、その余韻と一緒に現れた夢は、こういう場所だった気がする。
4.Like Antennas To Heaven... (2000) / Godspeed You! Black Emperor
ポストロックの壮大な演奏と、アンビエント、ドローンを繰り返す。聴けば聴くほどその、バンドという形態から遠いところにあるように思える、アンビエント・ドローンの要素がたまらない。5分過ぎの轟音に至るまでの、鳴っては引いてを繰り返す細いストリングスとギターの残響は、意識や記憶に作用する、アフターサンを思わせる。最後の6分間のアンビエンスのうち17分過ぎから、残響の揺らぎの上に甲高い音が響く。バグパイプのような笛の音を思わせるけど、その音は感情的に揺らぎながら伸びていく生々しい音、情感に溢れる。
5.Bad Religion (2012) / Frank Ocean
美しいオルガンの入り、初めて聞いた時フィッシュマンズの頼りない天使を思った。ビートを待たずに入ってくる甘くて苦しそうなフランクオーシャンの歌声。初めは短く切るように、吐露するように。その歌声が、とめどなく溢れ出した感情のように伸び伸びと大きくなる、ピアノが揺らぎ出し弦楽器が響く。苦しそうな顔が思い浮かぶ、歌声が自分の感情に強く絡みつく。甘くてエッジがあって苦しくて極上の歌声の切れ端全てを耳で追う。裏声で「love me」と繰り返すパートは、悪い意味ではなく、これはいつまで続くんだろうと思考が霧散して行く。
6.Zebra (2010) / Beach House
歌のメロディとかの、曲の骨格自体はシンプルなものだからこそ、アレンジの豊かさが身に染みる。それぞれの楽器は最小限の音を出しているように感じるが、その音の足されていく様はミニマルでありつつ壮大さを思わせる。規則を持って進んでいくサビまでの演奏は一定だが停滞した時間の中にいる心地。4小節の間を置いて、ベースとシンセが入るサビ。落ちるような上がるような、気持ち良すぎる驚きと感動を与える。1番気持ちいい場所にあるツボを押すように音が足されていく。
一年を通してたくさん聴いたアルバム、大阪の中古CD屋で未聴のそれを見つけ、その場でサブスクを聴いたところ、そのまま購入。ヴィクトリア・ルグランのボーカル、小細工のない絶対的な種類の歌声。
7.This Charming Man (2011) / The Smith
音がスカスカで全然ノれなくてピンとこないけどなんか好きになりたいバンド、だったSmithにハマった1年。こういうのは思わぬタイミングでニュルっと好きになる。フジロックのKillersを見てテンションが上がり、YouTubeでKillers関連の動画を見ていたところに関連に出てきたKillersによるSmithカバー。そのライブは音圧も、ライブ特有の立体感もあり、率直に良かった。そしたらその後すぐ聴いたスミスの音源も、びっくりするくらい気持ち良いじゃん!好きになってる。スカスカだと思ってたこのアンサンブルが最高なんだ、音が小気味良くて小さく踊りたくなる。
光が鏡に当たって次々と反射する軌道を見ているようなギター、裏拍(偶数拍?)でノりたくなるシンプルなドラミング。サビでシンバルとギターの音が混じり合って水が爽快に跳ねる。ベースの音は小切れよく跳ねていたのが、サビでは地続きに途切れず上下して行く。こんなにも上品な歌い方聴いたことがないんじゃないかという、若干ナルシスト感の出てるモリッシーの歌声(とても好きですが)もあるけど、この洒落てて知的な、派手すぎない音像にイギリス感をめっちゃ感じる。(それはブリティッシュロック感ではなくて、イギリスの雰囲気のようなもの)
8. PRIDE. (2017) / Kendric Lamar
毎年音楽を聴く中で、夏に聴いていた曲というのはとても印象的。2年前のMac DeMarco、去年はamerican footballとFrank Ocean。今年の夏を決定づけたのは淀川の花火を見ながら聴いたKendric LamarのPRIDE.。
梅田から箕面方面に向かう電車の中で「花火だ」という声が聞こえ、窓の外に目をやる人たち。それはまるで感情を取り戻したように見えて。電車は普段無関心で無感情な空間なのかもしれない。電車はちょうど淀川を渡るところで、川の流れる先に花火が上がるのが見えた。ゆっくり見ようと、西中島南方で降りた。電車を降りた人混みは河川敷の方に向かっていたが、駅から離れるつもりはなかったので、降りてすぐのコインパーキングのガードポールに腰掛けた。目の前の道を人々は絶えず流れて行き、マンションの向こうに花火が見える。その時の花火は、イベント全体の中ではつなぎ的な印象で、間を空けながら断続的に一つずつ、引いては迫ってを繰り返す波のように惰性的に打ち上がった。
熱気にゆらめくような、(おそらく)ギターの音。steve lacyの「me, I wasn't to taught to share, but care」「in another life, I surely was there」のパートは、人の声だとはまさか思えないような音として迫ってきて、耳に届く直前に、逆流する思考のように言葉の形に戻る。気だるげなケンドリックのラップ。サイレンのようなカモメの鳴き声のような音が霧散していく。夏で、気だるげで、サイケなこの曲と、その場所で見る花火の親和性がとてもよくて、その場にずっといてしまいたくなった。
9. Golden Age (2017) / Susanne Sundfør
語りが終わってすぐ、鳴り始めたクラシカルな雰囲気を持つ電子音と繊細な歌声に安堵を覚える。サビ前まで後ろでうごめいていた低音が、サビでは低く広がって、曲を上へ上へ、天国に近づいて行くみたいに押し上げていく。時間の狭間にいるような間奏、そこを抜けるとまた階段を登るような電子音に戻り、泡が弾ける。コーラスが加わって、より重厚となった2回目のサビは教会のような神聖な雰囲気に包まれている。
10. Entertainment (2013) / Phoenix
今年のサマソニは本当に行ってよかった、サカナクションも、nia archivesも、だけど中でもとびきり楽しかったのがphoenix。あんなに楽しく踊れたこと今まであったかな。最強のイントロで始まり、これ以上ないだろうわかりやすさで盛り上がっていく。必ず次の来日も行く、、、
11.Live As I Saw It (2023) / Elaine Howley
頭蓋の中の空間で音が揺らいでいる。夜の足音みたいに簡素なビートの上に、浮遊する電子音、空白を残しているのがわかるミニマルな構成。霧のような歌声が、洞窟の奥から聞こえてくる。柔らかな歌声、ミニマルな構成の中で、その声の揺らぎや、距離感のうつりが鮮明に感じられる。それがふわっと近づいた時、自分の内部の肝心な場所を撫でられたようにドキッとする。
数筋の電子音は一定の周期で揺らいでいるように感じる、それは電子音の揺らぎではなく意識がそこに近づいたり離れたりしているだけかもしれない。暗闇の中を伸びていくような電子音が2本、一定に音を引いていく。頭の中で鳴っている残響のようで、意識は音に近づくほどぼーっとしていく。
ミニマルな構成、目を瞑ると、それぞれの音は独立した場所で、それぞれの距離感で鳴っているように感じる。意識という立体的な空間の中で、まばらに鳴っているように感じる、近づくほどその空間は巨大に広がっている。
眠りにつく時に聞いていると、音にどんどん近づいていく。その音は、意識の中で、すぐに思い出せなくなるようなイメージを結んでは、消えていく。眠りにつく中で溶けていく意識、音楽がどんどん意識の奥へと進んでいく、それが何か変な薬でもやっているように気持ちいい。
12.Lonely (2024) / Kate Bollinger
今年のひだまりソング。余白を残した静かなピアノ、その余白余白でついつい物思いに耽ってしまう。ふと周りを見渡した時に、空が晴れていると、太陽の光が心地よいと、それが喜ばしいことなんだと、再感動するような気持ちになる。声はアナログな距離感で響く、ケイト・ボリンジャーはその「lonely」を教えてくれるように、包み込むように歌っている。
13.The Ballad Of Matt & Mica (2024) / Magdalena Bay
静かな喧騒の中で音楽が鳴り始める。こういう物語が終わった後のような、緊張感が解けた雰囲気が最後の曲としてとても好き。ゆるいビートのノリの中で、踊るよりもそのノスタルジーを最大限享受するために、聴くことに専念し、感情の部分を傾けたくなる。
14.Goodnight (2024) / Being Dead
サビの”goodnight”は今年知った曲の、色んな瞬間の中でもとびきり好きなパートかもしれない。
フリーキーなメロディライン、へらぺったいボーカル、ころころと変わっていく展開、極端なパンフリで斜め後ろから聞こえるツインボーカル。そんな60sサイケの空気と、軽やかで遊び心のあるサーフロック、ガレージロックのサウンド、好きな音ど真ん中と言うしかない。
アルバムを通して陽気だった彼らが、夜冷めて息を潜めたような空気感から始まる。穏やかな歌声、心地よいコーラス、たまらない60sサイケ感。声色を変えて、サビへと向かっていく。自分もそこに徐々にノッていくのがわかる、でも迎えるサビは前後関係なんてないみたいに、それまでの過程を思い出せなくなるくらいにパッと開く。気分屋の気持ちのうつりみたいに、自由に切り貼りされたコラージュみたいに、車を急旋回させるみたいに、電車の中で今日はサボることにした高校の朝みたいに、そうやって迎えるサビは晴れやかなgoodnight。これは今までで1番良いgoodnightで、笑いながら涙が出そうになる。
15.Don’t Get Me Started (2024) / The Smile
レディオヘッド、トムヨーク、ジョニーグリーンウッド、この人たちは気持ち良い音楽を作るという点で本当に優れているんだなと思う。
何かを孕んだ電子音のリフが淡々と暗闇に痕跡を残していくような、とてもミニマルな伴奏。2分頃、パートの終わりに音がスーッと奥へ引いていく。音が戻ってくると同時に鳴り出す小刻みのドラム、あまりに気持ち良い。これが入ってくるだけで体がガクガクと踊り出す。歪み感のある低音の電子音、音が収束した後に再度入ってくるドラム、音が段階的に足されているのが気持ち良すぎる。その要所要所でギアをあげていくみたいに踊ってしまう、音に体がはめ込まれていく。(こういう踊れるロックが1番気持ちいいのか、、、?)ミニマルな演奏だけど、音像に奥行きを感じさせるような、微細な音が鳴っているのがわかる、何かを孕んでいることを思わせる。これを聴いて、トムトークを見に行くのは、踊りに行くってことなんだ!と気づきテンション爆上がり。
16.Oversea (2024) / Delachute
ノイズを潜ませたようなlo-fiな音像から、音が透き通っていくように、弦楽器が美しく重なって昇っていくサビに移る。音を上へとつまみ上げていく、そこには喜びがある。10-11月、勉強の時によく聴いていた。
17.A Wolf At The Door (2003) / Radiohead
音が棘を晒しながら暴れ回っているような音像、それに共鳴するようなトムヨークのドロッとした生気を持った声、通してヒリヒリした印象を覚えるアルバムの、最後の曲が放つ異彩な雰囲気。そこには、深く静かな悲しみや、もしくはドロッとした悍ましさ、と形容されるものはなく、なんというか崩れ落ちそうな不安定さ、気怠い感情が漂う。それがサビで開ける時の、この感情はなんなんだろう。生傷を晒していたような生々しい音像に、瞬間ベールがかかる、光がさしたように俺は安らいでいる。気だるいその哀しみか、苦しみか、叫びか、それはその感情のままに安らいでいる。明るいような哀しいようななんとも形容しがたい印象を思わせる、こういうアルバムの流れに一線を画すような最後の曲はたまらない。
トムトークの来日を機に、過去に聴くことを断念していたhail to the thiefを聴き、数年越しに打ちひしがれてしまい、直前までこればっか聴いていた。このアルバムの曲でライブで踊りたいと思い、家で踊った。
18.NYC (2002) / Interpol
ゆったりとしたボーカルは空から聞こえる声のよう。2分あたりのベースとドラムの入りは確かな明るさを持って進んでいく。際限なく伸びて線を引いていくギターはgybeを連想するような、まさに大好きなポストロックのそれ。終盤繰り返されるフレーズ、そのコーラスはおおらかで教会で人々に復唱される言葉を聞いているよう。曲全体が光に溢れている。
ずっと知っていたけど聴いたことのなかったアルバム。聴く前にジャケに抱いていたダークな印象とポストパンクリバイバルというジャンルのイメージと離れた、おおらかで神聖な雰囲気で驚いた。
19.Azuleja (2024) / Azuleja
年の終わりによく聴いていたスペインのインディアーティストのシングル。ピアノの静かな演奏と距離感の近い歌声。フックとなる古典的なギターソロの挿入が耳を引く、その一度きりのギター。ジャジーな雰囲気と無邪気さを感じさせる声で終わりに向かう。
20.魔法が使えないなら (2013) / 大森靖子
以前、大森さんについて「言葉の切れ端や歌声、歌い方喋り方で自分の中に像が作られている」と書いた。それはどういう像か、どういう対象か。
自分は女の人のことが好きで、日々自分の意思なんかと関係なしに惹かれ、そして自分なんかと関わることは一生ないんだろうと勝手に悲しくなる。こういうのは高校時代とかに比べると随分マシになった。でもこれからも一生、女の人という存在に揺さぶられて生きていくんだと思う、男だから。
女の人の、俺には手の届かない本当の部分があって、大森さんの歌を通して、女の人の心の中にいるような感覚になる。自分にとって大森さんの歌は、女の人という概念そのものなんだと思う。男に生まれて、惹かれてしまう女の人という存在が、歌の中にいるんだと思う。それは、理想像とか、恋愛対象とか、そういう話とはまた違って。
女の人で銀杏boyzについて、峯田和伸の歌詞を、彼自身を、1人の男の人の像として聴いている人はいるだろう、それと似ていると思う。男の人は大森靖子さんの歌を女の人としては聴けないし、女の人は銀杏の歌を男の人としては聴けないだろうと思う。でも独りよがりになってはいけない、自分にとって銀杏も大森さんどちらもが、自分の側と自分と異なる存在の側その両方から独りを埋めてくれる存在だったのだから。
