理解しようとする人がいるだけで、人は前に進める
半導体関係のエンジニアといえば、どんな人を思い浮かべるでしょうか。
そう聞かれても、漠然としすぎて答えに困りますよね。
半導体業界でいえば、日本、アメリカ、韓国、台湾、中国が世界をリードしています。
たまたま私が開発に携わった機械が台湾へ輸出されたことをきっかけに、1990年代後半から約5年間、台湾へ駐在することになりました。
よく「台湾の人は日本人に親切」と耳にします。
これ、嘘でも冗談でもなく、本当なんです。
渡航した当時、英語は中学生レベル。ましてや中国語なんて話せるわけがありません。
仕事は英語、日常生活は中国語。
右も左も分からない状態で、台湾での生活が始まりました。
最初の頃は、台湾での生活や、お客さん先での仕事の進め方を先輩の後ろについて必死に覚えました。
タクシーはどう呼ぶのか。
行き先はどう伝えるのか。
買い物はどうするのか。
ご飯はどう注文するのか。
お会計はどうするのか。
そんな当たり前のことすら分からないまま、台湾での生活がスタートしたんです。
だから、先輩がタクシーや飲食店で使っている中国語のフレーズを耳で覚え、翌日にはそのまま真似して使ってみる。そんな毎日でした。
発音が合っているのかなんて分かりません。
とにかく話してみる。
当然、「ん?」という顔をされることもありました。
それでも台湾の人たちは、「この人は何を伝えたいんだろう」と、私の拙い中国語を最後まで聞こうとしてくれました。
台湾の文化もわからない。
言葉もわからない。
生活習慣もわからない。
右も左もわからない。
そんな、わからないことだらけの毎日でした。
それでも、一緒に仕事をする台湾の人や周りの人に恵まれたおかげで、振り返れば本当に充実した5年間でした。
もっとも、当時は毎日が必死だったので、「楽しい」と思う余裕なんてありませんでしたけどね。
もし、あの人たちがいなかったら、自分一人では台湾で生活することすらできなかったと思います。
そしてもう一つ、大きな学びがありました。
文化が違えば、日本の「普通」が通じない世界があるということです。
「自分の普通は、他人の非常識かもしれない。」
この感覚を身をもって知ったのも、台湾での生活があったからでした。
そして、この経験が、自分の人生にとって想像以上に大きな意味を持っていたことを、その後の人生で実感することになります。
結婚。
子育て。
障害っ子次男坊なんて、まさに私の常識の外を今日も元気に疾走しています。
自分の常識は、誰かにとっては常識ではない。
そう思えるようになると、相手を決めつける前に、「この人は何を伝えたいんだろう」と耳を傾けることの大切さに気付かされます。
あの頃、拙い中国語しか話せなかった私の言葉を、台湾の人たちは最後まで聞こうとしてくれました。
発音が正しかったからではありません。
中国語が上手だったからでもありません。
「この人は何を伝えたいんだろう。」
その気持ちで、私と向き合ってくれたからです。
あの5年間で学んだことは、中国語ではありません。
人は、理解しようとしてくれる人が一人いるだけで、小さな一歩を踏み出すことができる。
台湾で教えてもらったそのことを、今度は私が誰かに返していきたい。
そんな存在でありたいと思っています。
