小1の娘がくれたヒントで、イライラごちゃごちゃの頭の中を整理してみた
「あー、今日もやることがあり過ぎ!」
そんなイライラと不安が、また新たな波を引き寄せる。
「今日もスケジュールをうまく組み立てられなかった。歳のせいかな……」
そう、悲しみと自己嫌悪。
そしてその後は、何もできないまま家族にあたってしまう。
そんな悪循環の中にいた私に
ハッとさせられる視点をくれたのは、
小学校1年生になったばかりの次女の言葉。
小1の娘が教えてくれた「受け取り方」
「ただいまー!」
次女は毎日、
笑顔と共に大きな声で玄関のドアを開ける。
「おかえり〜、今日はどうだった?」
いつもの何でもないやりとり。
「今日はね、ちょっと嫌なことあったー。」と娘。
ドキッとする母。
「何、なに?何があったの?」
不安げなわたしを横目に、
相変わらず笑顔で真っ直ぐな目で、わたしを見る娘。
「わたしね、苦手な子がいるの。でも、嫌いじゃないんだよ。」
不思議そうなわたしを見つめながら、いたずらっ子っぽく話し続ける娘。
「⚪︎⚪︎ちゃん、なぜかわたしにばっかり怒るの。だから苦手。でもね、きっとその子はわたしが嫌いなわけではないと思うの。」
「そっかぁ。なんか、たまたまイライラしてたのかもね。」
とわたしは理由をつけてみたけれど、
当の本人は、理由について気にはしていないよう。
何とも素晴らしい、ポジティブ思考。
変えられない出来事と、変えられる「解釈」
そんなやりとりの中で、ふと思い出した。
メノポーズカウンセラーで学んだ“認知行動療法”という心理療法。
出来事は変えられないけれど
認知、つまり、解釈は変えられるということ。
解釈が変われば、伴って生まれる感情も変わる。
そうすれば、行動にも変化が出る。
これなんだぁ…と目の前にいる娘を見て思った。
40代後半に入って、
処理能力が下がっている、そんな自覚がある。
でもだからと言って、自分は本当にダメになってしまったのだろうか?
書き出して頭を整理する、そんな行動を取ったなら?
そこに起こる感情は、やっぱり悲しみなのだろうか。
そして最後はやっぱり、自分を責めて終わるのだろうか。
混乱した頭に、「余白」を作るということ
徐に、この週の予定をノートに書き出す。
やることはいっぱい。
でも1週間で割れば、そんなに多くもない。
そこにあったのは、悲しみではなく
「できそう」という小さな自信。
だから今日は、急を要する
引越しに関する電話を4本終えた。
身についてしまった解釈を掘り起こして
外から見てあげる方法を身につけた時、
混乱した頭は、少し余白を見出せる。
わたしが少し、
家族とぶつかる回数が減ったように。
