年間読書人さんからの反論 (10)
年間読書人
2025年5月31日 23:58
> スロウ・ボートさん
10回目の「応答」となります。
よろしくお願いします。
〈第13号〉を拝読しました。
ああ、でもこれ、申し訳ないんだけれど、ますます「病膏肓」の深みに陥っておられるようにしか見えないですね。
あまりにも「大声での独り言」がひどい。
今回の〈第13号〉の中で、そんなスロウ・ボートさんの現状をよく象徴しているのは、次の部分です。
> あまりにも、年間読書人さんは、打たれ、弱い。
> 弱すぎる。
弱い者ほど、よく、吼える、ということです。
> 「誹謗」とか「罵倒」とか「悪口」とか、の泣き言を相手にするつもりは、わたしにはありません。反論を行うためには、反論の論理を組み立てる必要があります。その論理を組む論理力が年間読書人さんに於いて、貧弱であることは、十分に分かります。論理力の貧弱さを誤魔化すための、一番お手軽な方法として、「罵倒された」と泣き言をいいたい、気持ちは分からないでもありません。プライド/面子を保ったまま、逃げることが可能だからです。しかし、「誹謗」とか「罵倒」とか「悪口」とか、の泣き言を言って、逃げているばかりでは、いつまでたっても、本当の〈論争家〉になることは出来ません。
> 現実から目を背けることなく、今一度、ご自身の姿を内省してみて下さい。
私とは違って、ご自分は「強く」って「泣き言」など決して言わない「論争家」であり、「自身の姿を内省」できている人間だと、そうご自分で主張なさっているわけですが、一一これが、そういう「強い」人の書く文章だと言われて、すなおに納得できる人は、ほとんどいないと思いますよ。
いるとすれば、スロウ・ボートさんと「同じ精神構造の持ち主」だけなんじゃないかな。
端的に言って、上に引用した文章が「冷静な人間」の書いた文章だとは、誰も思わないでしょう。ほとんど「泣きわめいている」という印象しか与えないと思うな。
「僕は悪くない! あいつがすべて悪いんだ! 僕は勝ってるぞ! みんな、騙されないで、僕の主張に耳を傾けてくれ!」
一一と、こんな調子だとしか思えない。
もちろん、否定なさるんでしょうが、否定して、どうなるものでもないと思いますよ。
スロウ・ボートさんに批判されている私だけがそう感じるんならいいんだけど、どうも、そうではないと私には思えます。
なぜなら、こんなに「わかりやすく とり乱した文章」というのも、そう滅多にあるものではないからです。
私は、これまで何度も「ネット右翼」なんかと喧嘩してきましたが、そういう手合いでさえ、少なくとも表面的には「冷静」を装います。
なぜかというと、冷静さを失ってとり乱すというのは、もう完全に相手に押されている証拠だからです。
だから、普通なら、内容的に勝っていようが負けていようが、冷静を保とうとするもんなんですね。
で、こう書くと、スロウ・ボートさんならきっと「それが、今の貴方(年間読書人)だ」と、いつものオウム返しでおっしゃるんでしょうが、問題は、今のスロウ・ボートさんは、その「見かけ上の冷静さ」さえ、装えなくなっており、しかもその自覚さえ持てなくなっている、ということなのです。自制のタガが、完全に外れてしまっている。
つまり、「キレた」状態。
これだけ「年間読書人なんかは、話にもならない人物だ」と、ご自身の「圧倒的な優勢」を力説なさっているのに、どうして、そう書いているスロウ・ボートさん当人の文章には、こうも余裕が無いんでしょうか。
こんなにも「強迫的な多弁」なんでしょう?
それは、スロウ・ボートさんが、私を客観的に評価する以前に、ご自分のことが、完全に見えなくなっているからですよ。
今回の〈第13号〉は、結論としての「年間読書人・全否定」が冒頭にあって、あとは、これまでのまとめ的な「総集編」でしかありません。
それがいかにも、もう言うべきことが無くなったという感じで、同じことを繰り返すしかないんだろうな、というふうにしか見えない。
そもそも、そんなもの誰が読んでくれると思っているのか、私は不思議でなりません。
だがまあ、ご当人の中では、自分なりに「まとめる」ことで、「これまでの経緯」が、そのとおりだと、ご自分で思い込めると感じておられるのではないかなと推察しています。
「そう書けば、事実もそうであったということになる」というような、「言霊」信仰的な呪術的精神状態に入っておられる。
つまり、人に読ませる文章ではなく、「自分に言い聞かせるための文章」に、なってしまっているということです。
したがって、すでに、目と耳をみずから塞いで、ご自分の正しさを呪文のように唱えておられるスロウ・ボートさんには、何を言っても無駄でしょう。
そもそも、毎回、とてつもない長文を書き、すでにそれを13回も続けていながら、当初の目的であったはずの、私の『センスの哲学』理解への批判が、いまだに出来ていないというところに、スロウ・ボートさんのご文章の本質が、露わになってしまっている。
しきりにワアワア言ってるけど、ぜんぜん中身がない、ということです。
スロウ・ボートさんの記事に「スキ」を押している人で、スロウ・ボートさんの主張を「整理してまとめる」ことが出来る人なんて、一人もいないと思いますよ。
いるんなら、是非ともお願いしたいところですね。
結局のところ、スロウ・ボートさんは「これはこうだ。あれはああだ」と決めつけているだけで、その結論に至る「ロジック(論拠提示)」というものがない。
それをとてもよく表しているのが、今回〈第13号〉の「冒頭の結論」部分です。
この冒頭部は、スロウ・ボートさんが、読者に対し「最も訴えたい部分」でしょうから、私も喜んで、そのログを以下に引用しておきましょう。
要は、「スロウ・ボートさんは、すでにかなり来ている」という、私の評価を裏づける証拠が、他でもない、スロウ・ボートさんご自身による〈第13号〉冒頭部である次の文章だということです。
> 今回のわたしの反論は、主に、5件の事柄、 〈第一〉として、「わたしが、千葉雅也さんの『センスの哲学』のレビューを巡る論戦を、年間読書人さんと、真摯に行おうとしているのは、疑いのない事実である。」の件、〈第二〉として、「わたしの、年間読書人さんへの〈疑問と失望と怒り〉、あるいは、年間読書人さんは、わたしを〈偽り、騙し〉続けている。」の件、〈第三〉として、「年間読書人さんは、〈他人の気持ち〉が、解らないということ、あるいは、〈文学/芸術〉を理解する基本的な能力が、欠落している。」についての件、〈第四〉として、「論戦に於いて、わたしと年間読書人さんは、対等のポジションである、及び、わたしは、年間読書人さんの顔色を伺い、媚びを売る、つもりはない。」という件、〈第五〉として、「まちがいなく、年間読書人さんは、〈被害妄想的な何か〉に憑りつかれてしまっている。」という、件です。
>
> ※、よほど、前回のわたしの反論が応えたのでしょう。現実を突きつけられ大ショックを受けて茫然とされ、いつにもまして、反論と言えるような論理の欠けた、泣き言ばかりの、空疎な内容の、年間読書人さんの返信でした。
> 「誹謗」とか「罵倒」とか「悪口」とか、の泣き言を相手にするつもりは、わたしにはありません。反論を行うためには、反論の論理を組み立てる必要があります。しかし、論理力の貧弱な年間読書人さんは、プライド/面子を保ったまま、それを、誤魔化すために、一番お手軽な方法として、「罵倒された」と、泣き言を言って、逃げることしか出来ません。都合の悪いことは、キャンセルするという、いつもの、使い慣れている、卑劣な常套手段です。
この最後の部分、
> 「罵倒された」と、泣き言を言って、逃げることしか出来ません。都合の悪いことは、キャンセルするという、いつもの、使い慣れている、卑劣な常套手段です。
というところに、今のスロウ・ボートさんの「願望」が表れているんじゃないかな。
私が『 「罵倒された」と、泣き言を言って、逃げること』を、私に期待している。
でも、私はそんなことしないから、どうかご安心を。
話が通じない人であっても、それはそれなりにお相手して差し上げるというのでなければ、そもそもネトウヨと喧嘩なんかしませんからね。
むしろ、ネトウヨなんかは、どいつもこいつも小賢しくワンパターンだけど、スロウ・ボートさんの場合は、それとはぜんぜん違ったパターンだから、私としても興味深い。
今後も、似たような「大声での繰り言」をなさるんでしょうが、それはそれで、この先どうなるのかと、とても興味深い「事例」なんですよ。
このパターンの人に出会ったのは、数十年ぶりではないかな。
今どきの若い人は、多少なりともネットリテラシーがあるから、ここまで自分をさらけ出してはくれませんからね。
そんなわけで、次回も楽しみに待たせていただきます。
胎児よ胎児よ
何故躍る
母親の心がわかって
おそろしいのか
(夢野久作)
年間読書人
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