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生きている手触り

朝、窓を開けて空を見上げると、
やわらかいクリーム色の雲が連なって、ゆっくりと流れていた。

からだはあちこち筋肉痛だけど、内側はしっかり満ちている。

指導者トレーニング二日目。
今日は午前中のレッスンと、昼から夕方までのトレーニングだけだから、気持ちが楽だ。

そして今日は母の三十回目の命日。
無事にお花は届いただろうか。


レッスンをして、早めにお昼を食べ、
Zoomをつないでトレーニングに入る。

アメリカはまだ夜中だけど、
先生はいつもの穏やかな顔で私たちを迎えてくれた。

強化の動きが続く。
ぷるぷると震える筋肉を捉えながら、きわまで深める。

昨日より薄着にしたのに、あっという間にからだの中に熱が巡り、汗がじんわりと背中をつたう。

「これ以上は保てないかも」 
そう思っても、呼吸に意識を向けると、もう少しだけそこにいられる。


私が動かしているというより、
からだが今、精一杯動いてくれているみたいだ。

この心臓の高まりも、発汗も、筋肉の張りも、
私が作っているのではなく、からだが今、必要な方へ動いている。

そう気づいた途端、余分な力がすっと抜けた。

からだに任せよう。
私はただ、それを見つめ続けよう。

しだいに部屋の中は暗くなり、
最後はマットに横たわって、呼吸を見つめた。

しばらくそのまま休んで、
パソコンに向かっていたら、お腹がぺこぺこになった。

お夕飯にしよう。

青梗菜と厚揚げの煮物。
柿と塩豆腐の和え物。
キャベツとじゃがいも、もちきびのスープ。
キヌアを入れた納豆。

炊いただけのキヌアが、すごく美味しく感じる。

なんだかもう少し食べたい。
野菜室をのぞくとエリンギとアボカドがある。
オリーブオイルで炒め合わせる。

もったりとした濃厚なアボカドと、
エリンギのコリコリした食感がたまらない。

うーん、うまい。
思わず、うなずく。

お腹が落ち着いて、ふと生きていることを思う。

からだが動くこと。
お腹が空くこと。
ご飯を食べられること。

母の最後の食事はなんだったのだろう。
最期はほとんど食べられていなかった気がする。

最後に一時退院した時、
父はお祝いにしゃぶしゃぶを用意した。

けれど母は隣の和室に寝たまま、
私と妹と父の三人だけでしゃぶしゃぶを食べた。

その風景を思い出す。

今、生きている。

悲しいような嬉しいような、
申し訳なさも混じったような気持ちが押し寄せる。

私は生きてる。

立ち上がって、食器を洗いにキッチンへ向かった。




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