Googleの一枚目は、料理を見せる場所ではありません。
前回、検索した画面も、もうお店の一部だという話を書きました。
読んだあと、自分のお店を検索してみた人もいると思います。
そして、たぶん、そこで手が止まったはずです。
じゃあ、一枚目には何を置けばいいのか。
写真フォルダを開いてみます。
料理の写真が並んでいます。
どれも悪くない。
でも、これだ、という一枚が決まりません。
今日は、その一枚の話をします。
たぶん、一番いい写真を選んでいる
まず、今の一枚目がどうやって選ばれたのかを思い出してみてください。
たぶん、いちばんきれいに撮れたものを選んでいます。
盛り付けがうまくいった日の一皿。
照明がちょうどよかった一枚。
誰かに「これいいね」と言われた写真。
自然な選び方だと思います。
看板になる写真を置く。
店の顔になるものを置く。
そう考えれば、いちばん良く撮れた写真になります。
これは、間違った選び方ではありません。
ただ、そのとき見ていたのは、
自分のお店の、一番いいところでした。
でも、その人は、自慢を探していない
一方で、その写真を見ている人のことを考えてみます。
金曜の夜。
仕事が終わって、駅前でスマホを開いています。
今日はもう誰とも話したくない。
でも、家に帰る前に一杯だけ飲みたい。
その人が探しているのは、
「一番いい写真」
ではありません。
もっと言えば、写真を鑑賞しているわけでもありません。
見ているのは、
一人で入っても平気そうか。
カウンターはあるか。
自分と同じような人がいそうか。
うるさすぎないか。
今から行っても大丈夫そうか。
つまり、
自分がそこにいる姿を想像できるかどうかです。
料理の寄りの写真は、それに答えてくれません。
おいしそうだ、とは思います。
でも、その料理がどんな空間で出てくるのかは分からない。
だから、自分をそこへ置けません。
いい写真だな、と思ったまま、
指はもう次のお店を押しています。
一枚目にしかできない仕事
ここが、今日いちばん書きたいことです。
料理は、二枚目でも伝えられます。
三枚目でも、十枚目でも伝えられます。
むしろ、興味を持ってもらったあとなら、ちゃんと見てもらえます。
でも、
「ここなら入れそう」
は、一枚目でしか作れません。
一枚目で作れなければ、
二枚目は見られないからです。
だから、一枚目の仕事は、
店の自慢を見せることではありません。
その人が、自分をその店に置けるようにすることです。
たとえば、静かに過ごしてほしいお店なら。
豪華な料理より、
カウンターから見える景色のほうが伝わります。
木の天板。
グラスが一つ。
少し暗い店内。
その一枚は、お店の自慢を何も語っていません。
でも、一人で座っている自分は、ちゃんと想像できます。
反対に、
仲間と集まる時間を届けたいお店なら。
料理の寄りより、
テーブルを囲んで笑っている空気のほうが伝わります。
その写真を見た人は、
四人で来る自分たちを思い浮かべます。
違うのは、
写真の上手さではありません。
誰の時間を写しているか。
そこだけです。
その一枚は、誰の時間を写しているか
一枚目を選ぶとき、
聞くべき問いは一つだけです。
おいしそうか。
きれいに撮れているか。
ではありません。
この写真は、誰の時間を写しているだろうか。
第7話で書いた一文を、もう一度見返してみてください。
その一文に書いた人は、
この写真の中にいるでしょうか。
いなければ、
その一枚は、まだ誰も呼んでいません。
今日のワーク
五分で終わります。
1. Googleビジネスプロフィールを開いてください。
2. 一枚目の写真だけを見てください。
今日は、二枚目以降は見なくて構いません。
3. その写真には、誰の時間が写っていますか。
人が写っているかどうかではありません。
その景色の中で過ごしているのは、
一人でしょうか。
家族でしょうか。
友人同士でしょうか。
仕事帰りの人でしょうか。
4. その人は、あなたが来てほしい人でしょうか。
もし同じなら、
その一枚は、もう仕事をしています。
違っていたら、
そこが次に直す場所です。
そして、最後にもう一つだけ。
もし一枚目を替えるとしたら、何を置きたいですか。
料理は、
二枚目でも、
三枚目でも伝えられます。
でも、
人は、おいしそうだから扉を開けるのではありません。
「ここなら大丈夫そうだ。」
そう思えたとき、
初めて扉を開けます。
では、その安心が伝わる一枚とは、どんな写真なのでしょうか。
料理。
外観。
人物。
店内。
手元にある写真を並べてみると、たぶん迷います。
実は、この四つには順番があります。
次回は、その順番の話を書いてみます。
