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kiyofico
一生懸命がんばったら壊れてしまった。誰も救えなかった鬱のブルース。
「今振り返ってみると鬱になってよかった」
こんな意見をたまに目にする。
そんな境地に至っていないのが今の私だ。
未熟な私はそんな悟り方はしたくない。
鬱は生き地獄だ。
ならないに限る。
鬱の痛みは人それぞれ。
初めての鬱も千差万別。
私の場合、それは躁から始まった。
ゾーンに入るとスペック以上の自分になれた。
いつも頭を狂わせて仕事に邁進した。
結果を出し続けた。
そして壊れた。
だけどどうだろう?
ゾーンに入って結果を出し続けて壊れない人もいる。
アスリートでイメージするとわかりやすいだろう。
壊れる → キャパオーバーしちゃった人
壊れない → 器の大きな人
“器の大きな人”になりたかった。
弱っている誰かに手を差し伸べられる人に。
でも“器の破れた人”になってしまった。
弱っている誰かは私自身だった。
天井を見るしか術がなかった。
そこから蜘蛛の糸が降りてくるのを待つしかなかった。
“救いたかった人が救われたい人に成り下がったブルース”
今日も酒場で安酒をあおりながら心の中でリフレインしている。
「一生懸命がんばっただけなのに…。」
TVの中の大谷翔平に「がんばれ」とエールを贈る。
“未だ木鶏足りえず”
私と鬱との闘いは今日も続く。
つづく
