AI株が下がってきた ― 楽観論と悲観論、私はこの一点を見ている
8月第1週 週明けレポート
今日は、最近の株の話をしたい。米国株、特にAI関連の銘柄が、かなり下がってきている。
この数年、アメリカのナスダックを、そして世界の株式市場を引っ張ってきたのは、巨大IT企業と半導体、そしてAIの会社だった。市場の牽引役だったと言っても、過言ではないと思う。そのうちの何社かが、最近どうも芳しくない。そういう値動きをしている。今日は、それについて呟いてみたい。そんなに深い話ができるわけではないが、私が感じていることを共有できたらと思う。
なお、これは投資の助言ではない。個別の銘柄を勧めるものでもない。あくまで、私がどこを見ているか、という話だ。
この数年、決算はずっと株価を支えてきた
まず前提を整理したい。アメリカには四半期ごとの決算がある。そしてこの数年、ほとんどの期で、企業の業績は事前の期待を上回ってきた。
これが効いていた。市場の地合いが良くない時期でも、業績が良ければ株価は支えられる。そういう経験が、ずっと続いてきた。相場には上がる局面も、下がる局面も、横ばいの局面もある。だが企業業績という土台は、基本的に株価にとってプラスに働き続けてきた。もちろん、事前の予想が低めに抑えられている時期もあれば、かなり楽観的な時期もある。それでも結果として、予想より良かった、というのが全体の印象だ。
いま、その4月から6月の決算が出てきている。そしてAI関連の企業の数字も、出そろってきた。ここで、これまでとは少し違うものが見え始めた。
利益は出ている。だが、それ以上に使っている
具体的に見たい。たとえばアルファベット、グーグルの決算だ。
利益率そのものは、非常にいい。利益は前の期からしっかり伸びている。数字だけ見れば、文句のつけようがない。
問題は、その先だ。いまAI関連の企業は、データセンターへの設備投資を、猛烈な勢いで進めている。より優れたAIを作り、それを一般の人に使ってもらい、使用料を得る。そのためには、膨大な計算設備が要る。だから、とんでもない金額がデータセンターに注ぎ込まれている。実際、データセンターを作る側の企業の株価も、この設備投資の波でずっと上がってきた。
こうした巨大IT企業は、ハイパースケーラーと呼ばれる。アルファベット、アマゾン、メタ、マイクロソフト、オラクルといった顔ぶれだ。彼らが去年、データセンターに投じた金額は、およそ4000億ドル台と見られている。そして今年は、7000億ドルから9000億ドルという規模になる、という見方が出ている。前の年から大幅な増加だ。しかも、その多くはまだ減価償却されずに、貸借対照表の上に残っている。
アルファベットの直近の期を見ると、設備投資額は前の年からほぼ倍に増えている。営業利益も大きいのだが、設備投資の金額がそれを上回る。その結果、手元に残るキャッシュフローが、マイナスになる。
つまり、こういうことだ。一生懸命に稼いで、利益は出ている。だが、それ以上のお金を、将来のために注ぎ込んでいる。
楽観論 ― これは2、3年後に効いてくる投資だ
ここについては、賛否が真っ二つに割れている。まず楽観論のほうを書く。
彼らの言い分は、こうだ。これは今使っているお金だが、結果が出るのは2年後、3年後だ。そして、いま投じなければ、その2年後、3年後はない。だから、この投資はむしろ良いことなのだ、と。
この見方には、筋が通っている。彼らは成長企業だ。鉄道やインフラのような安定した企業とは違う。稼いだお金をどんどん再投資して、さらに大きくなっていく。それが成長企業の当然の姿だ、という考え方に立てば、キャッシュフローが一時的にマイナスになること自体は、悪いことではない。
しかも、この2、3年後に、こうした企業がさらに爆発的に強くなる可能性もある。すでにいまの段階で、こうした巨大IT企業は、国ひとつのGDPを上回る規模の利益を上げるような存在になっている。そこからさらに進化するために必要な投資なのだ、と考えている人も多いだろう。
だからこそ、株価収益率が40倍といった水準になっても、みんなが買ってきた。ところが、いま株価がかなり下がったことで、その倍率は20倍前後まで落ちてきている。数字の上では、一時期に比べて、だいぶ割安に見える。
悲観論 ― この投資は、回収できないかもしれない
だが、ここが今日の肝だ。割安に見えるかどうかは、この設備投資が実を結ぶかどうかで決まる。そこに焦点がある。
悲観的に見る人たちは、これをAIバブルだと言う。ただし、2000年ごろのITバブルとは、明らかに違う点もある。あのときは、社名にITと付いているだけで株が買われ、大したことをやっていない会社に途方もない値段がついた。今回のAIの中心にいるのは、実体のある、圧倒的な力を持った企業だ。そこは違う。
それでも悲観論の人たちは、こう言う。形は違えど、構図は似ている、と。彼らの論点は一つだ。毎期の利益を吹き飛ばすほどの金額を注ぎ込んだところで、それは結局、回収できないのではないか。
なぜか。競争があるからだ。
無料と、有料が戦ったら
思い出してほしい。ChatGPTが出たあと、中国からDeepseekが出てきた。開発に投じた資本が、報じられた範囲では桁違いに少ないにもかかわらず、ほぼ変わらない機能を持ったAIが誕生した、と言われた。多くの利用者が飛びついた。
そしていま、中国のAI企業は、性能の高いものを、非常に安く、あるいは無料で提供している。kimiなど、無料で使える高性能なAIが実際に出てきている。
ここで考えてほしい。無料で提供されてしまうと、多少レベルが違っても、多くの人は無料のほうを選ぶ。当然だ。だから利用者は、どんどんそちらへ広がっていく。
おそらく、中国のAI企業が高性能なものを無料で提供するのには、別の目的がある。使用料を稼ぐこと自体が目的ではないのだと思う。一方、こちら側は、ビジネスとして使用料を請求する。同じ土俵に見えて、目的が違う。目的が違う相手と、同じ土俵で価格競争をすることになる。
もし、そちらが広く使われてしまえば、アメリカ企業がいま投じているデータセンターの投資を、将来の使用料で回収しきれないかもしれない。その考え方に立つと、いまの巨額の投資は、水の泡になる。価格競争が起きて、使用料が下がる。それでもこちらがいい、という人もいるだろう。だが、大して変わらないなら無料でいい、という人も相当に多いはずだ。
しかも世界的に、所得の二極化が進んでいる。無料でいい、という層は、これから増えこそすれ、減らない。この土俵で正面から戦ったら、はっきり言って、アメリカのAI投資企業は苦しいと思う。
だとすれば、いまの株価は高すぎるのではないか。そう考えている投資家がいる、ということだ。
私が見ているのは、電気代だ
そして、ここからが私がいちばん重要だと思っている点だ。最近よく話すのだが、AIの競争は最後に中国が勝つ、と語っている人たちがいる。半導体大手の経営者も、著名な起業家も、同じ趣旨のことを言っている。
彼らの論点は、技術ではない。電気代だ。
AIは、途方もない電力を食う。そして冷却のための水も使う。となると、電力コストが安いほうが、圧倒的に有利になる。もちろん技術も大事だ。だが技術の面で、いまの中国のAI企業とアメリカのAI企業に、決定的な差があるとは思えない。ほとんど変わらないところまで来ている。
その状態で、片方は電気代が桁違いに安く、しかも無料で提供している。これは、本当に大丈夫なのか、という話になりうる。
だから、アメリカ側にとってのポイントは2つだと思っている。ひとつは、電力コストをどこまで下げられるか。もうひとつは、使用料の水準をどこまで維持できるか。要するに、中国が提供するものより、はるかに差別化された、明らかにレベルの高いものを出し続けられるかどうかだ。何らかの付加価値をつけない限り、長期戦になったとき、電気代が何分の一という相手と同じ土俵で戦うのは、相当に厳しい。
ここをどう展開していくのか。私は、そこを見ている。
どちらを取るかは、時間軸の問題でもある
整理すると、こうなる。悲観論の人たちは、AIの競争でアメリカが中国に負ける可能性があると見て、いまの巨大IT企業の株価は高すぎると考えている。楽観論の人たちは、なんだかんだ言っても、最終的にはアメリカの巨大企業が、投じた設備投資以上の利益を上げると考えている。
どちらを取るかは、それぞれの判断だ。ただ、気になるのは規模のほうだ。いまや巨大IT企業の数社だけで、日本の株式市場全体より大きいと言われる。その企業の株価が大きく下がれば、世界の株式市場へのダメージは、かなりのものになる。
そして、楽観論と悲観論の違いは、実は結論の違いというより、時間軸の違いでもある。楽観論の人たちが言うように2、3年後に答えが出るのか。それとも悲観論の人たちが言うように、すぐ目の前で答えが出るのか。ここが分かれている。
だから、中小企業の現場の話に落とす
これは株の話に見えて、商売の話でもある。4つ、書いておきたい。
ひとつ。投資の判断は、金額ではなく回収で決まる。利益を吹き飛ばすほどの設備投資が正しいかどうかは、2、3年後に回収できるかで決まる。これは自社の設備投資も、まったく同じだ。いくら使ったかではなく、いつ、いくら返ってくるか。その絵が描けているかどうかが、すべてを分ける。
ふたつ。無料と競争する土俵に、立たされていないか。中国のAIが無料で提供されるように、こちらが有料で売っているものが、突然どこかで無料になることがある。そのとき効くのは、値段ではない。値段以外の理由で選ばれているかどうかだ。差別化がないまま無料と戦えば、削られるのは自分の利幅だけだ。
みっつ。コスト構造そのものが、競争力になる。電気代が何分の一という相手には、努力では追いつけない。これは自社にも当てはまる。同じものを作っていて、相手の原価が根本的に安いなら、勝負する場所を変えるしかない。努力で埋まる差と、構造で決まっている差は、分けて考えたい。
よっつ。楽観と悲観の差は、しばしば時間軸の差だ。同じ事実を見ていても、答えが出るのが2年後だと思う人と、明日だと思う人では、いま取る行動が変わる。社内で意見が割れたときも、結論を戦わせる前に、お互いが何年先を見ているかを確認すると、話が早く進むことが多い。
最後に
今日の話に、結論はない。楽観論も悲観論も、それぞれに筋が通っている。私自身、どちらが正しいかを断定できるとは思っていない。
ただ、見るべき一点ははっきりしている。巨額の設備投資が、使用料として回収できるのか。そしてその回収を、電気代が何分の一の相手が、無料で提供することによって、崩してしまわないか。ここが答えを出したとき、株価の答えも出る。
株式投資をしている人も、AI関連の事業をしている人もいるだろう。これからのAIの進化を、どう見ていくか。その一つの視点として、今日の楽観論と悲観論の対立を、頭の隅に置いてもらえたらと思う。
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