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編集された関係と、社会基盤のほころび──マッチングアプリ婚が映す現代

人生には、良いときもあれば、悪いときもある。
順調に物事が進む時期には、気の合う人たちと過ごすことが心地よく、前向きな関係が築きやすい。だが一方で、自分と似た気質、似た感性の人ばかりと関係を結んでいると、逆境の局面で共に沈むという現象が起こりうる。波長が合うということは、裏を返せば、落ち込むリズムも似通ってしまうということでもある。

だからこそ、人間関係には“異質な他者”の存在が必要なのだ。自分と違うリズム、違う視点を持った誰かと関係を築くこと。それは時に摩擦を生むが、逆境において自分を引き上げてくれる存在にもなりうる。だが、現代の出会いの構造は、こうした「異なる者」との偶発的な接触を避ける方向に進んでいる。


マッチングアプリ婚の拡大と、出会いの“設計化”

2023年の明治安田生命の調査によれば、直近1年間に結婚した夫婦のうち約30%が、マッチングアプリを通じて出会っている。これは「職場での出会い」9.8%、「学校」9.3%、「友人・兄弟の紹介」9.1%を大きく上回る数字であり、いまやマッチングアプリが出会いの主戦場になっていることを意味する。

マッチングアプリは、共通の趣味、価値観、ライフスタイルといった「相性の良さ」を数値化・視覚化し、あらかじめ選択肢を絞り込むことで高確率のマッチングを実現する。ユーザーは、違和感の少ない相手と効率的に出会い、短期間で関係を構築していく。このプロセスは、出会いを“偶発的な出来事”ではなく、“管理された選択”へと変質させている。


なぜ、職場や学校での出会いは減ったのか

この構造的変化は、単にマッチングアプリの利便性によるものではない。むしろ、かつて人間関係を自然発生的に生み出していた「社会的基盤」が弱体化したことの反映である。

• 非正規雇用や転職の常態化により、職場での継続的な関係が築かれにくい
• リモートワークの拡大により、身体的な接触と日常的な会話が失われた
• 地域コミュニティの希薄化、学校卒業後の地縁・血縁の解体
• SNSと自己選択志向による、紹介文化や仲介関係の衰退

これらはすべて、「偶然の出会い」と「長期的関係」を前提とした構造の崩壊を意味している。人はもはや、“どこかで誰かと自然に出会う”ことを期待できなくなっているのである。


出会いの個人化=責任の個人化

このような社会構造のなかで、マッチングアプリは一見すると合理的な選択肢に映る。だが、それは同時に、「出会えなかった責任」もすべて個人に帰属させる構造でもある。

かつては「縁がなかった」「タイミングが合わなかった」といった、社会的・時間的な余地が関係構築の背後にあった。いまは違う。「努力して探し、選んだのにうまくいかなかった」という失敗は、ますます自己責任として内面化される。


社会は“支え合える関係”を育む土壌を失っている

ここで問題なのは、マッチングアプリそのものではない。それはひとつのツールにすぎない。問題は、人と人が「長期的に支え合える関係性」を築くための制度的・文化的土壌が失われているという点である。

• 共に過ごす「時間」を前提にした信頼の構築
• 衝突や誤解を経て育まれる関係の深度
• 自分と異なる他者に触れ、揺さぶられる経験

これらを社会全体が“コスト”とみなして切り捨てていったとき、関係は「即応性」と「快適さ」だけを評価軸に生き残る。すると、悪いときにこそ必要な他者との支え合いが成立しないという、構造的な脆弱性を孕むことになる。


出会いは設計できても、支え合いは“偶然”に依存している

マッチングアプリは、出会いを効率化し、最適化し、編集可能な関係を提示する。しかし、関係の“本当の強度”は、編集された情報では測れない。

むしろ、合わないと思っていた相手との衝突、異なるリズムの者との対話、思いがけない偶然の共有――そうした不確実で非効率な経験を通じてこそ、人は支え合える関係を築いてきた。

いま私たちは、出会いを「選べる」時代に生きている。だが、選びすぎることで、選べなかったはずのかけがえなさを失ってはいないか。

そしてそれは、単なる恋愛や結婚の問題ではない。
人間が、人間として支え合える社会をつくるための基盤そのものが、崩れてきているという兆候にほかならない。

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