音楽あれこれ③熱狂の余韻――「Drawer」とグランジの終わり
“Drawer” のギターは、夏の終わりの蝉のさざなきのように響く。
轟音のただ中にありながら、その音はどこかですでに終わりを知っているかのような響きがある。
作者が意図していたかどうかは分からない。だがその音は、熱狂のあとに残る切なさを、説明ではなく身体の奥へ直接響かせてくる。
Summer Camp は、この “Drawer” を収めた一枚のアルバムだけを残して消えたバンドだった。Madonna のレーベルから送り出され、大きな期待を背負いながらも、完成していたと言われる二作目が世に出ることはなかった。
気づけば彼らは、時代と争うこともなく、熱狂の余韻のなかで静かに姿を消していた。商業として拡張されはじめていたグランジの熱がゆっくりと冷め、音楽が再び地下へ戻っていった――あの時代の空気と、どこか重なるように。
1990年代初頭、大阪・梅田の阪神百貨店のレコード売り場の試聴コーナーで、一枚のCDに出会った。ヘッドフォン越しに流れてきたのは Smells Like Teen Spirit だった。
頭を殴られたような衝撃だった。
技巧よりも衝動が先にあり、完成よりも切実さが前面に出ていた。まるで、その時代の空気そのものが破裂したように感じられた。その瞬間から、シアトルという場所が現実の地名として立ち上がった。
そして偶然とも必然ともつかない巡り合わせで、1992年末、シアトル近郊の大学へ進学することになる。
当時のシアトルは、アンダーグラウンドな文化を日常のなかに内包した街だった。気づけば毎週ライブハウスへ通い、やがて知り合った友人たちとバンドを組んでいた。友人の家で練習し、小さなステージにも立った。
そこでは技術よりも衝動が尊重されていた。少し個性的であれば「やってみなよ」と背中を押される。未完成であることは欠点ではなかった。
ドラマーはまだ17歳だった。悪ガキだったが、演奏になると驚くほど周囲を聴き、音を合わせた。音楽は特別な才能の証明ではなく、生活の延長線上に存在していた。
やる気さえあれば、誰でもステージに立てた。
だからこそ、あの街では音楽が特別なものになりすぎなかった。
やがてアンダーグラウンドだったグランジは世界の潮流となり、数えきれないほどのバンドが生まれた。
だがその頃には、シアトルの空気はすでに変わり始めていた。
人の流れが変わり、街角にはスターバックスのようなチェーン店が増えていった。洗練された空間が広がる一方で、かつて個性的な人々がたむろしていた小さなカフェは、次第に街の端へ押しやられていった。
地域の変化を見続けてきたライブハウスは残っていた。それでも、そこに集まる人の気配は少しずつ変わっていった。
街はいつの間にか、「居場所」ではなく、訪れる場所になっていた。
時を同じくして、生活の重心も静かに移動し、バンド活動から離れていった。解散という言葉すらなかった。ただ音を合わせる時間が失われていっただけだった。
変わっていくことだけを感じながら――
1997年頃、“Drawer” に出会う。
この曲には怒りも革命もない。歪んだギターは鳴り続けているのに、何かを壊そうとはしない。
夏の終わりに響く蝉のさざなきにも似たリフ。力強い轟音の奥に、不思議と終わりを受け入れる静かな感覚がある。
グランジの始まりが Smells Like Teen Spirit だったとすれば、私の中でその終わりは “Drawer” だった。
爆発として始まった音楽は、いつの間にか余韻のなかにあった。
1998年、アメリカ生活を終えて帰国した。それは偶然にも、一つの音楽的季節が閉じていく時間と重なっていた。
音楽は、過去そのものを残すわけではない。
ただ、その時間の温度だけを連れ戻してくる。
いまでも “Drawer” を聴くと、出来事より先に空気が戻ってくる。雨の匂い、アンプのノイズ、ライブハウスの床の振動、そして街が静かに変わっていった気配。
思い出を詰めた引き出し――drawer――を開けたときのように。
先日、この曲を息子に聴かせてみた。
彼はただ、「いい曲だね」と言った。
その一言で十分だった。
あの頃の熱量は、きっと、まだどこかに残っている。
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