音楽あれこれ㉓「あなたは大丈夫」と歌う声――ミニー・リパートンが残したもの
大切に聴き続けている一枚
私は普段、ベスト盤をあまり聴かない。それでも、ミニー・リパートンの『The Best of Minnie Riperton』だけは、長い間、大切に聴き続けている。

このアルバムには、代表曲とともにライヴ音源やMCが収められている。曲を順番に聴いていくうちに、歌手としてのミニー・リパートンだけでなく、音楽を愛し、観客を愛し、自分の人生を深く受け止めていた一人の人間の姿が浮かび上がってくる。
だからこの一枚は、名曲を集めた記録というより、彼女が生きた時間そのものに触れるアルバムとして心に残る。
「私は幸運だった」という言葉
彼女は乳がんを患い、病状が進行した後も歌い続けた。晩年のMCでは、音楽を愛していること、人生を楽しんでいること、観客の前で歌える自分は幸運だということを語っている。
“I love music. I love life. I really enjoy my life. I really do.”
「私は音楽を愛しています。人生を愛しています。私は自分の人生を本当に楽しんでいます。本当にそうなのです」
死が近づく中で、自分の人生を「幸運だった」と語れることには、大きな重みがある。
願いがすべて叶ったからでも、苦しみの少ない人生だったからでもなく、自分が愛した音楽を歌い、その歌を多くの人に届け、自分の存在を誰かの喜びや支えへ変えてきた。その実感が、彼女の言葉を支えていたのだと思う。
人生の価値は、長さだけでは測れない。自分の時間を何に使い、誰と関わり、何を渡したのか。その問いに彼女は歌を通して答えていた。
このアルバムで聴く「Lovin’ You」
このアルバムの中で聴く「Lovin’ You」は、いつもより深く心に刺さる。
美しいメロディーと澄んだ高音の奥に、彼女が生きてきた時間が重なって聞こえるからだ。愛する人への思い、家族への愛情、観客への感謝、音楽への献身、そして自分が生きた世界への肯定。それらすべてが、あの歌声の中で静かに溶け合っている。
「Lovin’ You」は、愛する喜びを歌った曲である。同時に、愛することによって自分の人生を世界へ差し出していく歌にも聞こえる。
彼女は、自分の声を使い切るように歌った。その声は録音として残り、時代を越えて、今も誰かの心の中へ届いている。
「あなたは大丈夫」と語りかける声
私はこれまで、彼女の歌に幾度となく助けられてきたように思う。
心が痛んでいるとき、彼女の歌声は静かに近づいてくる。悲しみを説明しようとせず、答えを与えようともせず、ただこちらの存在を信じるように、「あなたは大丈夫よ」と語りかけてくる。
その声には優しさと強さが同時にある。人の弱さを理解しながら、その奥に残っている生命力を信じている。だから彼女の歌を聴いたあとには、悲しみが残っていても、もう一度歩き出せるような感覚が生まれる。
本当の励ましとは、相手を動かす言葉を投げかけることではなく、その人の中にある力を先に信じてみせることなのだと思う。ミニー・リパートンの声には、その信頼が宿っている。
人生を使い切るということ
私たちは、自分の願望をどれだけ叶えたか、どれだけ世の中から認められたかによって、人生を評価しがちである。しかし、人生の手応えは、さらに深い場所にある。
自分らしく生き、人と関わり、自分に与えられたものを使い、自分にしか渡せないものを誰かへ渡していく。その積み重ねの中で、「私は自分の人生を生きた」という感覚が生まれる。
人生を使い切るとは、自分を限界まで消耗させることではなく、自分に与えられた時間や感性や能力を、眠らせたままにせず、愛するもののために使うことである。
歌う人は歌い、教える人は教え、つくる人はつくり、誰かを愛する人はその愛を言葉や行動に変える。そうして自分の人生を世界との関わりの中へ置いていくことが、生きる喜びにつながっていく。
歌が誰かの中で生き続ける
ミニー・リパートンは、歌によって多くのものを人に与えた。
彼女が亡くなった後も、その声は残り続けている。誰かが心を痛めたとき、孤独を感じたとき、自分を見失いそうになったとき、その歌声が心に触れ、再び立ち上がるための力になる。
音楽は、聴く人の人生と出会うたびに、新しい意味を持つ。過去に録音された声が、今を生きる人の中で再び息を吹き返し、その人の時間を支えていく。
私がこのベスト盤を大切に聴き続けているのも、そこに彼女の人生そのものを感じるからだと思う。音楽を愛し、人を愛し、自分の声を誰かへ渡しながら、自分の人生を最後まで生きた人の記録が、そこにはある。
「Lovin’ You」が流れるたびに、私は彼女の声の奥から、静かな生命を受け取る。
あなたは大丈夫。
あなたの中には、まだ愛する力がある。
そしてあなたの人生には、これから誰かに渡せるものが残っている。
