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うまくいかない時、足りないのは技術ではなかったのかもしれない。

どうしたらうまくいくの?と思うとき


どうしてもうまくいかない時、
私はいつも同じ結論に戻っていました。

「また、私が悪いんだろうな」
「私が下手だからだ」
「ちゃんと伝えられていないからだ」

そう思った瞬間、自分の呼吸が浅くなり、
身体が固くなっていくのが分かります。

でも、やるべきことは分かっている。
経験だって、ないわけじゃない。

それでも、噛み合わない。

そのたびに私は、「自分が足りない」
という結論に何度も戻っていました。

 

ある日、小さな違和感が残りました。

うまくやろうとするほど、なぜか相手が重くなる。
ちゃんとしようとするほど、噛み合わなくなる。

その感じが、どうしても腑に落ちなかったのです。

本当にこれは、技術の問題なの?と。

 

これは、馬に乗っているときの話です。

馬が応えてくれないとき、
私はずっと「自分が悪い」と思っていました。

でもあとになって、
馬の行動や脳のしくみについて
少しずつ知る中で、
見えてくるものが変わっていきました。

馬は、人が思うほど
「正解」や「不正解」を見ていません。

馬が見ているのは、たったひとつ。

今、この場は安全かどうか。

人の迷い。
人の緊張。
人の「うまくやろう」とする気配。

馬はそれを、言葉より先に身体で受け取っている。

私はそう理解するようになりました。

 

転機は、とてもささやかな瞬間でした。

「今日はもう、いいか。そんな日もあるよね」

半ば諦めにも似た気持ちでそう思えた日。
結果を出そうとするのをやめ、
深く息を吐いたとき。

馬の身体が、すっと緩んだのです。

 

もうひとつ印象に残っている出来事があります。

駆歩をしているとき、
ふと顔がかゆくなり、
片手で手綱を持ったまま
何となく駆歩していた瞬間。

馬が、ふっと柔らかくなりました。

そのとき先生に「今、すごくいいよ」
と言われたのを覚えています。

正直、まじか?と思いました(笑)

でもその時の感覚は今でも覚えています。

自分も力が抜けていて、
馬はどこも硬いところがなく、
柔らかく滑らかで、
とても気持ちの良い駆歩でした。

それは、諦めたからではなく、
立ち止まれたからだったのだと思います。

 

そのとき私は初めて気づきました。

伝わっていなかったのは、技術ではなかった。

私の中の在り方だったのだと。

 

原因は、相手にもあるかもしれない。

でも、私がまず変わること。

そこがとても大切だということ。

それから私は、
うまくやろうとすることを
少しずつ手放しました。

正しい形より、今の感覚を。
評価される動きより、落ち着いた呼吸を。

「今」を感じながら合わせていく。

違うときは、心の中で静かに「違うよ」と伝える。

言葉ではなく、在り方で折り合いをつけていく。

すると不思議なことに、
やりとりが少しずつ噛み合い始めたのです。

 

もし今、

うまくいかない
伝わらない
噛み合わない

そんな違和感があるなら。

それは、あなたが下手だからではありません。

むしろ、ちゃんと感じ取れている証拠なのだと思います。

違和感を感じられることは、とても大切なこと。

だからどうか、自分を責める前に、

自分の身体と心を少しほどいてみてください。

 

馬は、人の状態にとても敏感です。

でもそれはきっと、
人と人の関係も同じなのだと思います。

 

うまくいかない時、

足りないのは技術じゃないこともある。

「在り方」が少しズレているだけのこともある。

 

馬はいつも、人より少し先で
静かに待っていてくれています。

それはきっと、

人の人生も同じなのだと思います。

 

※これは、私が何度も迷いながら辿り着いた
「ひとつの見方」です。

正解ではありません。

ただ、必要な人のところにそっと届けばいいと思っています。

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