上手い下手以前に、もう勝負は決まっている?
―感覚が育つ人と、止まる人の、たった一つの違い―
何十年も馬に乗っているのに、
なぜか同じところにいる人がいる。
一人や二人じゃない。
何十人も、何百人も。
子育てが落ち着いて、
何年かぶりに馬の世界に戻ってきたとき、
私は正直、驚いた。
あの人が、まだ同じ場所にいる。
練習していないわけじゃない。
むしろ、ものすごく真面目だ。
人一倍、がんばっている。
それなのに、変わっていない。
なぜなんだろう。
ずっと、それが謎だった。
もしかしたら、
あなたも同じ感覚を持っているかもしれない。
ちゃんとやっているのに、変わらない。
がんばっているのに、何かが噛み合わない。
あるところから先が、どうしても動かない。
上達しない。
その感覚は、 怠けているからでも、
向いていないからでも、ないと思う。
私自身、運動神経がほぼない笑
徒競走はいつもビリ。
球技は、ボール一つ満足に取れない。
得意なのは跳び箱くらい、というレベルです。
センスも、特別あるとは思っていません。
それでも、乗馬は比較的早く上達した。
試合で勝てたことも比較的多くあります。
なぜ自分は変われたのに、
あんなに真面目な人が変わらないのか。
その答えを、長い間、探し続けてきた。
変わらない人の、ある共通点
何年観察しても、
変わらない人たちには はっきりとした共通点があります。
うまくいかないとき、
決まってこういう言葉が出てくる。
今日は馬の機嫌が悪かった。
調子がいまいちだった。
前に乗った人がよくなかった。
この馬は難しいから。
経験を積んだ人だからこそ、
説得力のある言葉に聞こえますよね。
でも、 その馬に別の人が乗ると、
驚くほど問題が起きないことがある。
馬は同じ。
環境も同じ。
条件も、ほとんど変わらない。
変わったのは、人だけ。
もちろん、馬の調子が本当に悪い日もある。
馬も生き物だから、それは本当にある。
でも、分かれ道はそこじゃないのかもしれない。
「今日はそういう日だったね」で終わるのか。
「じゃあ、私はどう関わろうか」と考えるのか。
その小さな一歩が、
何年後かの全然違う景色につながっていく気がしています。
私が変われた理由は、運動神経じゃなかった
昔から、動物と一緒にいることが多かった。
犬も猫も、なぜかそばに寄ってきたりするタイプです。
仲良くなるのが得意というより、
「相手が今どんな状態か」を
自然と読もうとしていたのかもしれない。
寄ってほしいと思っているのか?
それともそばにきてほしいのか?
どんな接し方が好きなのか?
馬に乗るとき、私がやっていたのも同じだった。
この馬は今日、どんな状態だろう。
重い?軽い?
気が散っている?
疲れている?
昨日と、何が違う?
正解を当てようとしていたわけじゃない。
ただ、「今日のこの馬」を感じようとしていました。
それだけだったと思います。
この記事では、
私が40年かけて気づいたことを
できるだけ具体的に書きました。
そして長年謎だった
「なぜ頑張っている真面目な人が変わらないのか」
への 一つの答えも。
難しいことは何もない。
次に馬に乗るとき、 すぐに試せることばかりです。
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