マウンテンバイク|GT LTS-2からTURNERへ
1997年シーズン最後、
プラザ坂下で行われたダウンヒルレースのビギナークラスに出場しました。
予選5位。
決勝では表彰台こそ逃したものの、
大きなレースで結果を残せたことでかなり自信がつきました。
この調子なら、1998年は本格的にJシリーズを回ってみたい。
そんな気持ちが強くなっていきました。
でも、そのためにはGT LTS-2では戦闘力不足だと感じていました。
ショップの店長に相談した結果、
欧米のレースでも実績のある TURNER AfterburnerDH をフレームから組むことになりました。
フロントフォークは KOWA DH-S 内嶋亮チューン 。
コンポはシマノ XT-R 。
クランクはRACEFACE DHクランク。
チェーンデバイスは MRP 。
当時のダウンヒル定番パーツで固めました。
フレームとパーツが揃ったある日の夕方、会社で仕事をしていると、店長から連絡が入りました。
「今から組むで」
定時になるやいなや帰宅し、そのままショップへ向かいました。
店に着いたのは確か22時頃。
そこから店長と、
ワイヤーホースの色はどうするか。
グリップは何にするか。
ステッカーはどこに貼るか。
そんなことをああでもないこうでもないと話しながら、組み上げていきました。
完成したのは午前2時過ぎ。
深夜でしたが、お店の周りを少し試乗しました。
ほんの短い距離でも違いはわかりました。
乗り心地がいい。
しかも、よく進む。
前後サスペンションのバランスがとてもいいのです。
店に戻って店長と顔を見合わせ、にんまりしたのを今でも覚えています。
ただ、その時の写真を見ると、2人ともかなり疲れた顔をしています(笑)。
これでバイクは揃いました。
シェイクダウンは1998年の富士見パノラマオープン日でした。

TURNERは、組んだ時点でも十分戦えるバイクでした。
でも、1年間レースを戦う中で、さらに自分好みへとカスタムしていくことになります。
主な変更点は2つ。
フロントサスペンション
そして
ディスクブレーキ化
でした。
まずフロントサスペンションです。
それまで使っていた KOWA DH-S から、倒立フォークの KOWA GISM に変更しました。
この変更に伴い、ホイールも交換が必要になりました。
GISMは20mmアクスル仕様だったからです。
そこで選んだのが、
MAVIC DEEMAX
でした。
今でもモデル名が残る、ダウンヒル専用ホイールの名品です。
イエローのリムカラー。
迫力のある大きなデカール。
見た目だけでもかなり惹かれました。
でも、本当の魅力は走りでした。
リム幅が広く、剛性が高い。
高速域での安心感が大きく変わりました。
フロント周りを変えたことで、ブレーキも見直しました。
前後ともディスクブレーキ化です。
当時、シマノはまだ本格的なディスクブレーキを出していませんでした。
そこで選んだのが、
Hayes
です。
制動力の高さではMaguraも魅力的でした。
かなり迷いました。
でも最終的には、メンテナンス性と操作感でHayesを選びました。
この選択も正解でした。
ブレーキのタッチが非常に自然で、狙ったところで減速しやすい。
コントロール性が高かったのです。
フロントサスペンション交換の効果は、シーズン終盤にははっきり感じられました。
特に印象的だったのは、倒立フォーク特有のフィーリングです。
倒立は正立に比べて、左右がわずかに独立して動くような感覚があります。
一般的には剛性不足と言われることもあります。
でも、自分にはそのしなやかさが合っていました。
わたしは、高速ガレ場を直線的なラインで突っ込んでいく走り方が得意でした。
そういう走りでは、わずかな逃げやしなりが武器になります。
GISMは、まさにその乗り方にマッチしていました。
さらに、太いリムと20mmアクスルによってホイール剛性も大幅に向上しました。
ラインがぶれない。
狙った場所へまっすぐ入れる。
その結果、スピードも自然と上がっていきました。
ディスクブレーキによる制動力向上も、自分の走りにはぴったりでした。
わたしは昔から、コーナーでしっかり突っ込むタイプです。
ブレーキングポイントを遅らせられることは、大きな武器になります。
どこを走っても怖くない。
思った通りのスピードが出せる。
その感覚がありました。
そして気づけば、ますますダウンヒルにのめり込んでいきました。
速くなることも楽しい。
セッティングを詰めることも楽しい。
でも何より、
思い通りにバイクが動くことが楽しい。
この頃から、自分の中で機材とライディングがひとつにつながり始めた気がします。

そして、その先に現れたのが——
INTENSE M1-SL
でした。
