見出し画像

第一話:工具に語りかける者

彼の名は、スミス・スミス。

誰がその名を与えたのか、もう誰も覚えていない。
本人すら「どうせ誰かの冗談さ」と笑っていた。

だが、陰界で“名を重ねて呼ばれる”というのは、
それだけ多くの者に語られてきた証拠だった。

スミス・スミスは、祠の最深部に棲んでいた。
そこには木材も石材もなく、ただ“金属の記憶”だけが残されていた。

ネジ、ナット、ドライバー、ハンダごて。

人間界の“工具箱”からこぼれ落ちたそれらを、
彼はまるで友人のように扱った。

「今日もおつかれ、8μmソケット……緩めすぎちまったか?」

アモ・ブリオンが初めて祠を訪れたとき、
その光景にしばし言葉を失っていた。

「……なぜ工具に語りかける?」

スミス・スミスはにやりと笑って答えた。

「語らねぇものほど、長く生きるのさ。
こいつらは誰にも語られねぇが、記憶を握ってる」

「殴られたネジ山は、“怒り”を覚えてる。
滑ったスパナは、“迷い”を記録してる」

「俺はただ、耳を傾けてるだけだ」

それは、“語らぬ者”の語り手だった。



スミス・スミスには、語り部のような格調も、
王族のような威厳もなかった。

だが、彼には確かに“積み重ね”があった。

千の殻を修繕し、
百の祠を刻み、
十の時代を見届けてきた。

彼は、陰界で唯一、
“土”を知らぬ職人だった。

なぜなら、彼が扱うのは、捨てられた金属だったから。

彼はもともと、
光界の“工具棚”に棲んでいた。

人間が使うたび、彼は道具に触れ、
そこに刻まれた“力”と“癖”を読み取っていた。

「あのときのドライバーはな……人間の“焦り”がくっついてた。
ネジ頭を一発で潰すような、荒い手つきだった」

彼はそう語る。

光界で生きていた彼は、あるとき“落とされた”。

人間の手が滑り、
工具箱ごと地面に──そして排水孔へ。

スミス・スミスは、そのとき覚悟した。

「あぁ、俺ぁ……もう戻れねぇな」

だが、彼はただでは転ばなかった。

そのとき落ちた工具をすべて拾い集め、
金属のかけら一つひとつを、仲間として陰界に持ち帰った。

彼はそれらを祠に埋め込み、
“記録の骨”と呼ばれる構造体を創り上げた。

──それが、後にアモが名を刻むこととなる“記録の祠”である。



スミス・スミスは、王ヴェルザの時代を知っている。
クラシスの語りが燃やされる様も、遠巻きに見ていた。

だが、彼は決して表舞台に出なかった。

「語るのは苦手でね。
書いたり刻んだりなら、少しはできるが……」

それでも、彼の手は止まらなかった。

名もなき者が生まれるたびに、
彼はその名を小さく鉄片に刻んだ。

殻の中に、
壁の裏に、
記録の芯に。

それは、誰にも見えないが、
確かに“残る”記録だった。

アモ・ブリオンが語り手として祠を訪れたとき、
彼にこう言った。

「おまえは語る者。
なら、俺は……支える者でいいさ」

アモは答えた。

「ならば我が語りは、貴殻の上に成る。
名を刻むのは、石ではなく……おまえの“積み重ね”だ」

スミス・スミスは、殻をぽんと鳴らして笑った。

「いい言葉だ。……工具たちも、喜んでるぜ」

その音は、まるで遠いどこかで
螺子がカチリと噛み合ったような響きだった。



次回予告:第2話『殻を鍛える場所』

スミス・スミスが祠の奥に隠し持つ場所──それは、
名を持つ前の殻を、鍛え直す“鍛冶場”だった。
語られぬ力の蓄積、それこそが彼の“名”だった。

Coming soon…


誰かが読んでくれている。
それだけで、続きを書く理由になります。
「スキ」やフォロー、チップなどで応援いただけたら嬉しいです。

いいなと思ったら応援しよう!

シム|現場AIで中小企業を仕組み化 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!