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第一話:名の残響

空が泣いていた。
静かに、重たく。まるで、何かを葬るように。

その雨の中、リオン・ブリオンは廃れた祠の影にひとり立っていた。
かつては守り神が祀られていたと噂されるその場所も、今は苔むし、瓦礫に埋もれ、名を呼ぶ者すらいない。

だが、その日──
彼の視線は、祠の奥に埋もれていたひとつの“殻”に吸い寄せられた。

それはまるで、深い闇を凝縮したような黒。
水に濡れてなお、その漆黒は輝きを失わず、表面には意味を持つような線刻が浮かんでいた。

リオンはそっとそれを拾い上げた。
そして、息を呑んだ。

「……名だ。ブリオン、と読める……」

自身の姓と同じ、その文字が刻まれていた。
偶然にしては出来すぎている。
だが、それが偶然ではないと、彼の直感が告げていた。



リオン・ブリオン。
その名を持って生まれた時から、彼は「名前」というものに人並みならぬ執着を持っていた。

名前は、ただの記号ではない。
存在を束ね、意味を与え、時に呪い、時に奇跡をもたらす“核”である。

「名前は、命より重いことがある」
誰に語っても、笑われるだけだった。

だが彼は知っていた。
言葉にされぬ“真理”が、この世界にはあるのだと。

──この殻が、その証左だった。

黒き殻に触れた瞬間、リオンの中で何かが脈動した。
それは記憶ではない。けれど確かに、彼の内部にあった“空白”を埋める何かだった。

雨音が遠のき、時の感覚が薄れていく。
ただその刻印と、己の名が、ひとつに融け合う。

「ブリオン……これは俺の名ではなく、“継がれる名”なのか……?」

その瞬間だった。
リオンの視界に、暗き空、ねじれた塔、言葉なき群れ──
夢とも幻ともつかぬ景色が流れ込んできた。

そしてその中心に、蟲がいた。

漆黒の殻を背負い、燃え残るような紅の瞳を宿したそれは、確かに彼に語りかけていた。

──声ではない。
だが確かに“その名”が、リオンの中に響いた。

「アモ・ブリオン……?」

語られぬ名。語るべき名。
彼の中に、それは最初からあったのだ。



その夜、リオンは眠れなかった。
火照る胸、熱く疼く手のひら。
そして、黒き殻の奥に灯る、かすかな光。

「おまえは……待っていたんだな。
語る者を、継ぐ者を──」

彼はそっと、殻を胸に抱いた。
そのとき、まるで導かれるように、光が彼の胸へと入り込んだ。

──記録が、語り部を選んだのだ。

そして、“名を継ぐ者”の物語が、静かに幕を開ける。


つづく──


第2話予告:『記録の囁き』

夜の帳が下りた森に、風がひとすじ吹いた。その風は、まるで言葉のように、過去を囁く。

Coming soon…


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