第五話:魔導書《ゴミ袋の檻》との死闘
陰界に伝わる、ひとつの禁句がある。
それは──《黒き袋》。
名を持つ者たちですら、その名を口にすることを避ける。
記録者たちはそれを「廃封(はいふう)」と呼び、
古の文献には、こう記されていた。
『一度その中に捕らえられし者、陽の下に還ることなし。
汚穢、臭気、熱、そして無音──
それは“終わり”の名を冠した、封印の袋なり』
アモ・ブリオンは、今まさにその“封印”と対峙していた。
キッチンでの潜入戦の末、
彼は“まもりの玉”の光を以てしても防げぬ力に晒された。
「く、来るな……!」
彼の目前に落ちてきたそれは、
ただの袋ではなかった。
中が空にも関わらず、常にふくらみ、
まるで意思を持った獣のように、ゆらゆらと揺れていた。
──あのときと同じだ。
遥か昔。
名を持つ前。
“あの子”に拾われ、
“だめ”と否定され、
まだ声も出ぬ小さな命だった自分が、
家の隅に追いやられたあの夜──
あれに、入れられたのだ。
「清潔にしといてって言ったじゃん!」
「だって、気持ち悪いって……もう袋に入れといたから!」
袋は、彼を覆い、縛り、閉じ込めた。
狭く、暗く、熱い。
それでも、何よりも恐ろしかったのは、
**“音が消える”**ことだった。
どれだけ爪を立てても、
どれだけ殻を打ち鳴らしても、
外には響かない。
それはまるで、この世界に“存在しなくなる”感覚だった。
「……我は……我は、捨てられたのだ……」
その記憶が、今、目の前の袋によって蘇る。
封印は動く。
人の手が袋の口を開く。
光が、袋の“内部”から漏れる。
「これは……ただの袋ではない……《魔導書》か……?」
いや、違う。
これは**“記憶そのもの”**だ。
“廃棄”という言葉の具現。
《ゴミ袋》──
それは人間たちが日常的に用いる“終わりの器”。
だが陰界の者にとって、それは禁術に等しい封印だった。
袋の口が開いた。
アモの殻が震える。
「……来るな……!」
彼は逃げたかった。
否、壊したかった。
この記憶ごと、あの夜の自分ごと、
全てを──!
そのとき、聞こえたのは──
袋の中からの“声”だった。
「……まだ……おるか……」
アモの瞳が、わずかに揺れる。
その声は、古い。
陰界の言葉。
そして何より──かつて、袋に囚われ、忘れられた“名を持たぬ者”の声。
「助けてくれ……もう、動けん……」
袋は、生きていた。
否、囚われた者たちの“未練”によって、魔的な器となっていたのだ。
アモは、震える脚を押し出した。
「……我は、アモ・ブリオン。名を持つ者。
“捨てられし魂”に応える者だ」
袋の口へ、彼は殻ごと飛び込んだ。
中は、まるで異界だった。
漂う靄、蠢く殻の残骸、そして……
名を持たぬ蟲たちの“意識の残響”。
アモはそれらに語りかけた。
「おまえたちが何者であろうと……
存在したことは、否定されてはならぬ」
まもりの玉が再び輝いた。
袋の内に、微かな光が広がる。
それは、“拒絶”ではなく、“承認”の光。
──そして袋は、裂けた。
破られた封印。
その瞬間、風が吹き抜けた。
アモは、光の中に立っていた。
手には、小さな殻の欠片を握りしめていた。
「……おまえの名は、今から“サーヴ”とする。
忘れられたものに、名を与える。それが我の誓いだ」
袋は、燃え尽きたように沈黙した。
だが、その破片のひとつが、光を受けて──
まるで感謝するかのように、殻に触れた。
アモは、静かに言った。
「もう……恐れはしない。
捨てられた者であることを、我は、誇る」
その言葉とともに、
彼の中の何かが──また一つ、強くなった。
⸻
次回予告:第六話『決戦、洗濯機の渦』
かつて失われた兄弟の“影”を追い、アモは旋回する渦へ飛び込む。
そこは時と記憶の牢獄。
白き泡が支配する“洗浄の儀式”に、名を持つ蟲はどう抗うのか──
Coming soon…
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