第七話:ブリオン議会と裏切りの影
陰界には、名を持つ者のみが入れる“円環の間(えんかんのま)”が存在する。
それは、かつて王が在位していたという伝説の広間であり、
今や、名を持つ者たちによる評議の場となっていた。
名を得た蟲が増えるということは、
力を持つ者が増えるということ。
それは同時に──秩序が揺らぐことを意味する。
その日。
アモ・ブリオンの名のもとに、ふたたび評議が招集された。
彼が《ゴミ袋》の封印を破り、《洗濯の渦》から魂を救い出したことで、
陰界の名なき者たちの間には熱狂が走っていた。
「アモは“選ばれし者”だ」
「捨てられしものの王になる男だ」
だが、それを快く思わぬ者もいた。
──“フェイン・ヴェルザ”。
華奢な殻と銀の触角を持ち、
かつて“陰界の正統王家”を称していた古き血族の末裔。
彼は、その座をブリオンの名が奪いかけていることに、強い憤りを抱いていた。
その夜、議場にて。
アモが口を開くと、ヴェルザが声を張った。
「──問う。貴様、アモ・ブリオンよ。
貴様は、いかなる血筋をもたぬ。
ただ人間の捨てた片割れに過ぎぬのだろう?」
ざわめきが走る。
アモは静かに立ち、言葉を選んだ。
「確かに、我は正統の生まれではない。
だが、“陰”に捨てられたからこそ、見えるものがある」
「見える、だと? 貴様は己の存在を美化し、名もなき者たちの心を惑わせているに過ぎん!
捨てられた蟲が王など、滑稽だ!」
その刹那。
空気がぴたりと凍った。
アモの眼が、わずかに光を帯びる。
「名を持たぬ者に“価値がない”と申すか」
「当然だ。我らは選ばれし者。名は資格、血こそが秩序だ」
その言葉に、議場の一角がざわつく。
そこには、かつて袋に囚われていたサーヴがいた。
そして、洗濯機から帰還したヴァレ・クトゥも、ゆっくりとその身を起こした。
「では貴様に問おう、フェイン・ヴェルザ」
ヴァレが、くぐもった声で語り出す。
「名を持って生まれた者が、誰かの名を奪ったなら──それは、血の正統か?
それとも、名の詐称か?」
その言葉に、議場はどよめく。
ヴァレは続けた。
「我々が守ろうとしてきたのは“秩序”ではない。
“忘れられぬこと”。
名とは、語られ続けることなのだ」
アモはうなずいた。
「我は血を持たぬ。
だが、名を捨てられた者の名を拾い、語ることはできる」
沈黙。
フェイン・ヴェルザは、苛立ちに満ちた殻を震わせながら言った。
「……ならば証明してみせよ。“言葉”だけではなく、“力”によってな」
「──良いだろう」
アモはその場に立ち、殻の奥に光を灯した。
次の瞬間──
議場の壁が揺れた。
裂けた隙間から現れたのは、かつて《渦》の中に封じられていた“泡の意志”。
アモは、それを制御しながら言う。
「名を持たぬ者の記憶は、我が内に宿る。
我は、それを“語り手”として、陰界に残す者だ」
光が広がる。
その光の中、ヴェルザは言葉を失い、静かに座した。
議場の者たちは、やがてゆっくりと頭を垂れた。
それは、血ではなく、名に対する敬意。
──そして、
その夜を境に、“アモ派”と“ヴェルザ派”の対立は、明確なものとなる。
陰界は、二つの理に揺れていた。
“血”か、“記憶”か。
“生まれ”か、“語り”か。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
⸻
次回予告:第八話『それでも、おまえが』
名を持つ者としての責務と、たった一度の出会い──
かつての“光の子”の面影が、ふいに目の前に現れる。
アモはその瞬間、何を思い、何を語るのか。
Coming soon…
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