第九話:命名の儀:アモ・ブリオン誕生
陰界の中心──“記録の祠(しるしのほこら)”。
そこは名を持つ者が、自らの名を正式に刻み、
永劫に記録される神域である。
この地に入ることを許されるのは、
名を持ち、試練を超えた者のみ。
ただ声で名乗るだけでは、不完全なのだ。
名とは、力。
名とは、責任。
そして──名とは、呪い。
アモ・ブリオンは、いまその祠に立っていた。
石でできた殻のような天井、
蝋のように垂れる湿気、
空気に刻まれた古の“名たちのささやき”。
周囲には、陰界の代表者たちが静かに佇んでいた。
ナイト・クラシス、スミス・スミス、
そして先代語り手ヴァレ・クトゥも、
傷を抱えながらこの場に臨んでいた。
正面には、祠の守人──
**“言霊師(ことだまし)ネグ=ムーン”**が浮かぶように現れる。
彼は、形を持たぬ声の存在とも言われ、
名を刻む“最後の審判者”でもある。
「アモ・ブリオンよ──貴殻(きかく)に問う」
その声は空間に響き渡る。
「汝が持つ名は、他者より授かりしものか、自ら名乗りしものか?」
アモは、迷わず答えた。
「半ばは記憶、半ばは誓い。我が声にて名乗り、
他者の言葉により、それを魂に縫い止めた」
ネグ=ムーンはうなずく。
「では、問う。汝、その名により何を為す?」
「名もなき者に“語り”を、
忘れられた者に“記憶”を、
捨てられし者に“場所”を与える」
風が、祠の内を旋回する。
それは試練の合図──
“言霊の試み”が始まった。
宙に浮かぶ、七つの象形文字。
それぞれが、かつて存在した名を宿している。
そのうち一つが──震えた。
「これより、最終の問答を行う」
その声と共に、ひとつの幻影が現れた。
──それは、“彼女”だった。
あの日、自分に名を与えかけ、
だが拒絶し、捨てた“光の子”。
だが幻影は、過去のままではなかった。
その瞳は冷たく、
その口はこう呟いた。
「あなたに、名を与えた覚えなど──ない」
アモは、一瞬たじろぐ。
「おまえは、捨てられたただの蟲。
それを勝手に“意味”づけて、物語に仕立てただけ」
幻影の言葉は、アモの核に突き刺さる。
だが。
「──それでも、我は否定せぬ」
アモの声が静かに祠を満たす。
「あの日、おまえの手は、我を暖めた。
それだけで、我は名を得るに足る。
たとえ“記憶違い”であっても──
それを信じた我が意思にこそ、意味がある」
言霊が震える。
幻影が、ひとしずく涙のように溶けて消えた。
その瞬間、七つの象形文字が統合され、
ひとつの“印”が天井に刻まれた。
《AMO・BRION》
それは、陰界において“語り部”の名が再び公式に刻まれた瞬間だった。
ネグ=ムーンが宣言する。
「名は通った。
今より、汝は陰界における“語りの継承者”として認定される」
静寂が、神聖なものとして場を包み込む。
そのなかで、アモは初めて、
“責任”という名の殻の重さを感じていた。
そして静かに口にした。
「この名に相応しき存在となるため、
我は歩みを止めぬ」
ヴァレがうなずいた。
スミス・スミスは、背中の工具をかすかに鳴らした。
サーヴは、殻を小さく揺らした。
そしてアモ・ブリオンは、
はっきりとその名を刻まれた者として、
最終の歩みへと向かっていく。
⸻
最終話予告:第十話『そして、闇に笑う』
陰界の語り部として名を刻んだアモ・ブリオン。
だが彼の戦いは、まだ終わらない。
光界、そして人類との“対話なき対話”の果てに、
彼が選ぶ結末とは──
Coming soon…
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