フォロワーが1,000人になった夜、自腹で本を刷る。
40代の男が恥をかくのに、
特別な才能なんていらない。
必要なのは、引けない退路と一杯の酒だけだ。
今日もスナックゆきで、一杯だけ頼んだ。
アードベック10年にした。
グラスから、アードベッグの
強烈な煙の香りが立つ。
癖が強く、ごまかしの効かないアイラモルトだ。

カウンターでスマホを開くと、
画面のフォロワーの数字は700になっていた。
7ヶ月前、
最初の記事を書いた夜の数字は0だった。
大手企業でマーケティングと広報を20年。
一度起業して破綻し、
元の会社に頭を下げて戻った。
かつての後輩から仕事を引き継ぐ日、
胃薬と一緒に飲み込んだあの惨めさを、
私は一生忘れない。
肩書だけが肥大化し、中身の削れた40代。
そんな私の文章に、
700人もの人が席を置いてくれている。
有難いと思う一方で、口の中が苦かった。
いつの間にか、
嫌われない文章を書こうとしていた。
角を丸め、
誰も傷つけない優等生な言葉を並べる。
広報の習性が、
無難な安全圏へ自分を逃がしていた。
効率とリスク回避を語る口で、
自分はただ傷つくことから逃げていただけだ。
いつか誰かが自分を見つけてくれる。
大手出版社から声がかかるんじゃないか。
そんな棚ぼたを待っている自分が、
たまらなくダサかった。
だから、退路を絶つことにした。
フォロワーが1,000人になった夜、
私は自分の財布からお金を出し、
この『スナックゆき』を本にする。
自腹で本を印刷し、
自分の手で売り切る。
1冊も売れずに自宅の玄関がダンボールで埋まってもいい。
プロの編集者に鼻で笑われてもいい。
すかしたプライドを叩き潰すための、本だ。
氷がカランと音を立てた。
ママがグラスを磨きながら、
一瞬だけこちらを見た。
「早く持ってきな。」
それだけ言って、
ママはまた奥の棚に視線を戻した。
自腹で刷り上がった重たい最初の1冊を、
このカウンターの端に置く。
そのとき自分がどんな顔をしているか、まだわからない。

アードベッグを飲み干した。
煙の余韻が、喉の奥に焦げ付いている。
グラスが空いた。
今日はここまでにする。
【スナックゆき 自主出版プロジェクト】
・目標:フォロワー1,000人達成で自費印刷
・現在のフォロワー:721人 / 1,000人(あと279人)
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