ホーンテッド・マンション(2023)──題材に取り憑かれた映画
※「ホーンテッド・マンション」と黒沢清監督の「スウィートホーム」のネタバレを含みます
※この記事は、以下の会話をもとにAIが作成した記事です
映画『ホーンテッド・マンション』(2023年版)を見た。
最初に言っておくと、つまらなくはない。むしろ笑える場面も多いし、役者たちは全員きちんと頑張っている。
ただ、「ホーンテッド・マンション」という題材でやる意味が、ほとんど感じられなかった。
■ ホラー寄りに振った“お化け屋敷”
本作は2003年のエディ・マーフィー版のリブートであり、ディズニーランドの人気アトラクションを原作とする。
だが、雰囲気は大きく違う。マーフィー版がドタバタ・ファミリーコメディだったのに対し、今回の2023年版は「本格ホラー寄り」。
幽霊写真の念写、悪霊の呪い、トラウマと喪失……。
真面目に撮ろうという意欲は伝わるが、その「真面目さ」こそが題材に合っていない。
そもそもホーンテッド・マンションは、“怖いけど楽しい”乗り物だ。
幽霊が出るけれど、みんな笑顔で踊っている。ディズニーらしいカーニバル的ホラー。
その“茶目っ気”を削ぎ落とし、リアルなホラーの文法を持ち込んだ時点で、作品の楽しさは半分失われてしまっている。
■ 幽霊が出るのは分かっているのに
タイトルからして“幽霊屋敷”なのだから、観客は最初から「幽霊が出る」と知っている。
にもかかわらず、本作は「出るぞ出るぞ……出た!」という演出を繰り返す。
それでは効果が出ない。
幽霊を「どう出すか」「どんなキャラとして出すか」で勝負すべきだったのに、そこも凡庸だった。
ホラーの構成を守りながら、ホラーではない題材をやるという、構造的な矛盾に陥っている。
■ 主人公の喪失とドラマの弱さ
主人公の“亡き妻”設定も、どうにも弱い。
観客には早い段階で察しがつくし、回想で引っ張るほどの深みもない。
むしろ、時系列順に描いたほうが自然だった。
逆降霊術で主人公だけあの世を覗くくだりも、説明不足でギャグに見えてしまう。
奥さんの幽霊も最後まで登場せず、感情の整理もつかないまま終わる。
唯一、少年の父親をめぐる展開は、少し驚きがあった。
ホーンテッド・マンションでなければ、ちょっとした“どんでん返し”として機能したかもしれない。
だが、これもタイトルがネタバレしているために、どうしてもサプライズにはならない。
■ “ドナルドダック的笑い”が救い
それでも、全く退屈かといえばそうでもない。
オーウェン・ウィルソンのいい加減な神父、インチキ霊媒師、死に急ぎ学者といったキャラクターたちは、それぞれに妙味がある。
彼らが巻き起こすドタバタは、いかにもディズニー的だ。
ホラーというより、“ドナルドダックが幽霊屋敷に入って慌てる”ようなスラップスティック・コメディ。
この「来るぞ来るぞ……ほら来た!」の予定調和の笑いだけは、安心して楽しめる。
■ 本当は“ゴーストハンター”映画
全体の構成を見れば、これはホーンテッド・マンションではなく“ゴーストハンター”映画だ。
霊媒師、学者、神父がチームを組んで館を探索し、幽霊と対峙する。
念写カメラ=スペクトラムカメラも、『スウィートホーム』(ゲーム版)や『ゴーストバスターズ』を思わせる。
だが、せっかくの発明品も序盤で壊れてそれっきり。
もっと「幽霊を可視化する」演出を生かせば、科学者主人公の再生物語にも繋がったはずだ。
■ “死後の世界”の描き方の違い
皮肉なのは、ディズニーが本来描くべき“死後の優しさ”を、同じ会社の『リメンバー・ミー』がすでに完璧にやってしまったことだ。
死者の国をカラフルで温かく描いたあの作品に比べると、本作の死後世界はただ暗く、重い。
本来の「ホーンテッド・マンション」の死生観――“死もまた人生の一部”という明るさ――はどこにもない。
■ “題材の呪い”に取り憑かれた映画
思えばこの映画は、最初から不利な条件を背負っていた。
幽霊を出しても驚かれず、出さなければアトラクション感がなくなる。
どちらを取っても「中途半端」になる宿命。
おまけに「ホラー」「コメディ」「感動ドラマ」が三つ巴になり、どれも成立しきらなかった。
それでも役者陣は懸命に演じ、ところどころで笑わせてくれる。
そういう意味では、題材の呪いに取り憑かれながらも最後まで踏ん張った、不器用な映画だ。
しかし、パイレーツ・オブ・カリビアンのような奇跡は起こらなかった。
あの作品がアトラクションの枠を超えて“キャラクターを生み出した”のに対し、
本作は“アトラクションの枠の中で迷子になった”。
■ もし作り直すなら
個人的には、主人公の設定をすべてオミットして、少年を中心にした物語にしたほうが良かったと思う。
現世で孤立する少年が、幽霊たちとの出会いを通して“死後の優しさ”を知る。
科学者は偶然幽霊が見える装置を作っただけの変人で、少年を支える立場。
この構成なら、『リメンバー・ミー』的な感動と、『ホーンテッド・マンション』らしいユーモアを両立できたかもしれない。
黒沢清監督の『スウィートホーム』のように“情念の恐怖”ではなく、
ディズニーらしい“死者のやさしさ”で同じ骨格を描く――。
それが、本当に「ホーンテッド・マンション」と呼べる映画だったのではないだろうか。
■ おわりに
2023年版『ホーンテッド・マンション』は、
良くも悪くも“題材の呪縛”から抜け出せなかった作品だ。
アトラクションのように賑やかで、パイレーツのように自由で、
リメンバー・ミーのように優しい――
そんな世界を期待した観客にとっては、少しばかり静かすぎる幽霊屋敷だった。

