静かな世界/チュルリョーニス展内なる星図@国立西洋美術館
よく晴れた土曜日。
国立西洋美術館に行ってきた。

現代アートが苦手な人や「抽象はよく分からない」と感じる人(私も💦)でも楽しめそうな作品だと思った。


《レックス(王)》1909年、テンペラ/カンヴァス

チュルリョーニス展
内なる星図
日本で34年ぶりとなる大回顧展。
日本で34年ぶりの大回顧展となる本展では、カウナスの国立M. K. チュルリョーニス美術館が所蔵する代表的な絵画や版画、素描など、約80点をご紹介します。
どこかの美術館でポスターを見て、気になっており行くことにした。
チュルリョーニスについての解説は以下の通り。
絵画と音楽というふたつの領域で類まれな才能を示し、35歳の若さで亡くなるまでのわずか6年ほどの画業で、300点以上もの作品を手がけました。世紀末のアール・ヌーヴォーや象徴主義、ジャポニスムといった国際的な芸術動向に呼応しつつも、作曲家ならではの感性と、当時ロシア帝国の支配下にあったリトアニア固有のアイデンティティに根差した作品群は、唯一無二の個性を放っています。
全体を通して感じたこと
まずこの人の作品が好きだと思った。
チュルリョーニスは“内的世界をそのまま外に露出させる能力が高い画家”
“内側で起きている現象を、加工せずにそのまま“像として固定する能力”が高い人だと思った。
そして、
彼の心や意図のプロセスは分からない
ただ出力されたものが
分かる(意味は分からないが)感覚。
意味が分からないから、「理解」ではなく、
「感動」よりは静かで、
「共鳴」はおこがましい気がして、
やはりプロセスは分からないが、出力(作品)はいいなと分かる(意味は理解できたか分からない)としか言えない。
言葉の理解を超えた受容体験だった。
良かったから画集を買った。


リトアニアの十字架は独創的な伝統文化の一つ
動植物や天体をモティーフにした装飾的意匠が施されている
ちなみにヒルマ・アフ・クリントも良かったが(昨年見に行った)、
チュルリョーニスの方がスッと入ってきた。
おそらく、チュルリョーニスは何が描いてあるか分かるから入り口でつまづかないのだと思う。
チュルリョーニスは、具象と抽象の間にある。
心象風景なので、現実の場所ではない。
でも、空とか海とか塔とか、何かは分かる。
だから入口で止まらない。
ヒルマはその滑り込む足がかりがないので”?”となることが多かった。
以前バルト三国に旅行して、
リトアニアももちろん観光した。
バルト三国はまた行きたいなと思うくらい気に入った。



夜にライトアップされた街並みを歩くナイトウォークがあった
楽しかった
その時チュルリョーニスのことは深くは知らなかった。
現代アートは苦手意識があったから、聞いたとしても響いてなかったかもしれない。
今回この展覧会は行ってみて本当に良かった。
ただただ静かな世界を感じられる。

買ってしまった
冬(連作)の最後8番目の絵
画集も家で静かに過ごしたい時に紐解きたい。
作品たち



絵葉書(森の囁き)
1903年10月24年
パステル、暗茶色のインク/紙

1905/1906年
フッ素エッチング/チャイナ紙
これは、北海道でもこういう風景を見るなあと思った
閃光(3展の連作)
この作品も好きだった。
本作は自然を主題とする最初期の連作のひとつである。第一の場面において地表の灰色の煙の中に生じた火花のような光の群れは、第二の場面で宙に浮遊し、第三の場面で風に乗って流されていく。
そのあいまには黒ずんだ青い門が見え、門の中には奇妙な人物らしきものが立っている。チュルリョーニスの絵画において、「門」は現実と幻想、此岸と彼岸、可視的世界と不可視の領域を隔て、かつ結びつける通過点を象徴する、重要なモティーフである。ここでは閃光、すなわち精神の欠片たちが、混沌とした風に導かれ、門を介して何らかの変容を遂げようとしているのだろう。



春のモティーフ4作品
落ち着いた色味が好き。
今日では、これらをひとつの連作ではなく、個々の独立した作品とみなず見解が優勢らしい(解説より)。




“世界が静かに目を覚まし始めた“
春の生命力が、
主張しない
咲き乱れない
こちらを圧迫しないで、
冬の間眠っていたものが静かに呼吸を再開する感じ。
春なのに騒がしくない
生なのに圧がない
明るいのに眩しくない
こんな静かな北の国の春を感じた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
こちらの絵のタイトルはなんだと思いますか?

(夏という作品はこれのみ)
夏なのにどこか涼しげ。
ギラギラ太陽☀️じゃない雰囲気が好き。
秋はなく、続いて冬へ続く・・・・。
冬(8点の連作)


1作目
降り頻る雪から始まる・・・

拡大したもの

8番目
最終的に、雪片と水塊は幾何学的な星と矩形へと還元されることで、
冬の強靭なエネルギーそのものとして結晶化する(no.27)。
(解説より)
買ったトートバッグの作品がこちら
二連画


この絵が好き
もみの木の影は一致していない
この「フーガ」は、多声音楽の一形式で、主題(主旋律)が複数の声部において模倣的にかつ対位法的に展開される。
これがもみの木の転回(主題の反転)が、フーガ形式の対位法的技法に相当するらしい。
このフーガの絵が好きだった。
第5ソナタ(海のソナタ)
会場にはチュルリョーニス作曲の「海」が静かに流れていて心地よかった。

アレグロ・アンダンテ・フィナーレ
(最初は4楽章の構想だったが、最終的にスケルツォを放棄し3楽章の作品として展示したそう)



単眼鏡で覗くと海の泡みたいなものがきれいに見える

葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の構図とモチーフを参考にしたらしい

葛飾北斎
冨嶽三十六景/神奈川沖浪裏
第6ソナタ(星のソナタ)
こちらも本来は4楽章を想定していたが、アレグロとアンダンテの2点のみが描かれた。

(テンポが速い曲調)

天の川を天使が渡っている・・・
頭文字のヴィネット
ヴィネットとは、装飾された小さなもの。

チューリップ(ヴィネット)

おとぎ話


夜間に包まれた森で、ふたりの王が眩い光彩を放つドームを見つめている。ドームの中には、リトアニアの自然と農村の風景が収められている。世界をつかさどる超越的存在としての室は、チュルリョーニスの画業の初期から一貫して重要な主題のひとつである。本作において、ふたりの王は世界の二元性を体現するとともに、小さきリトアニアを見守る守護者でもある。(解説より)
稲妻
稲妻だけど・・・静けさを感じる・・・。
女神ユラーテと人間の漁師カスティティスは恋に落ち、バルト海の琥珀の宮殿で暮らした。しかし、身分違いの恋に激怒した雷神ペルクナスが稲妻で宮殿を破壊し、カスティティスを殺害、ユラテを拘束した。嵐の後にバルト海の海岸へ琥珀が流れ着くのは、破壊された宮殿の破片と、恋人の死を悼むユラテの涙であると伝えられている。
その稲妻を描いたもの。

祭壇
フライヤーの作品。

中央の巨大な祭壇は、ピラミッド状の4つの階段からなり、
壁面には計8つの場面が表わされている。各場面には、塔、橋、騎士、天使などチュルリョーニス作品に馴染みのモティーフが組み合わされ、下から上へと独自の象徴的な物語が展開している。
(解説より)
チュルリョーニスは神智学を学び、人間の7つの階層のうち4層→1層を階段で表した。
* 7層:肉体界(物質/身体・現実)
* 6層:エーテル界(生命/生命力・活力)
* 5層:アストラル界(感情/欲望・情動)
* 4層:メンタル界(思考/知性・概念)
* 3層:コーザル界(魂/個性の核・存在の中心)
* 2層:ブッディ界(直観/調和・深い理解)
* 1層:アートマ界(霊性/本質・純粋存在)
レックス(王)/日本初公開

他にもたくさん写真を撮ったのだけれどキリがないのでこの辺で。
夜空と内なる星図
昨日は晴れていたから、夜は
北極星、木星、双子座、金星、蠍座、天秤座などがとてもよく見えた。
夜空のリアルな星図を楽しんだ。
今朝起きてふと思ったこと。
私にとって宇宙は、
「外側の巨大な現実」で
「説明し切れない未知」でもある。
だから単なる天体観測でとどまらない。
宇宙は広すぎるから、結局
“自分の感覚”でしか受け取れなくなる。
すると視線と意識は外側へ向いているのに、いつのまにか意識は内側へ戻ってくる。
星を見る
↓
巨大さ・静けさ・未知に触れる
↓
思考がだんだん内側に向く
↓
自分の奥の感覚だけが残る
だから
「宇宙を見ている」のに、
最後は
“自分の深い静かな場所”
に戻ってくる感じがする。
だから、宇宙、夜空を見るのが好きなのかもしれない。
チュルリョーニスも自然を通して
自分の内側を観測していたのかな。
だから「内なる星図」なのかなと思った。
(始めタイトルを見たときは、感覚でなんとなく掴んだ感じだったけれど昨日宇宙を見たら、少し意味が分かった気がした。)
ーーーーーーーーーーーーーーー
チュルリョーニス展の後は、葛飾北斎と常設展も見て、その後友達とランチへ・・・。
常設展はいつももっと時間が欲しくて・・・常設展だけ見に行くのもいいなと毎回思いつつ果たせていない。
美術館の外は日差しも暑く別世界。
チュルリョーニス展の静かな世界があっという間に溶けていった。




田酒美味しかった・・・
その後東京駅中の
ピエール・エルメでお茶
来週は、再び日本画。
山種美術館で川合玉堂を見る予定・・・。
また1週間乗り切りたい。


いいなと思ったら応援しよう!
お読みいただき、ありがとうございます。
いいなと思ってくださったら、サポートいただけたら嬉しいです。
いただいたサポートは美術館巡りの活動費に使わせていただきます。