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電話口の叫び声が 私を変えた日

今年もこの日がやってきた。
6月3日、私の原点。

1991年6月3日。
長崎・雲仙普賢岳で
大火砕流が発生しました。

報道関係者、
消防団員、
警察官、
タクシー運転手、
43人もが火砕流にのみこまれ、
命を落としました。

私には、忘れられない記憶があります。

その一週間前、
記者仲間の友人と飲んでいました。
彼女から、
別れた元カレの悪口を、
散々聞かされた夜でした。

その元カレが、火砕流の犠牲者の1人だったんです。

友人から電話がかかってきて…。

電話口では激しく動揺する叫び声。
一週間前とは全く違うトーンで、
その変化と、
事実の重さに、
私は言葉を失いました。

同じ情報を持っていたはずなのに、
ある人は助かり、
ある人は逃げられなかった。

情報が、生死を分けたのではないか…。

当時私は、
通信社に勤めていました。
全国に情報を届ける仕事です。

でも地域の安全情報は、
そこでは届けられない。

地域に根ざしたメディアで、
人の命を守る情報を届けたい。

それがテレビ局に転職した、私の原点です。

今、私は広報コンシェルジュとして、
情報を届ける仕事をしています。
今も、6月3日になると、
あの電話の声を思い出します。

あなたが届けようとしている情報も、
誰かの何かを変えるはずです。

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