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般若心経と量子力学

「般若心経」は仏教のエッセンスのつまった経典ですが、「量子力学」の視点から読み解くと非常に類似した世界観になっています。

この記事では「般若心経」の全文ではありませんが、量子力学と類似する箇所をいくつか選び紹介していきたいと思います。

*現代語訳は『生きて死ぬ智慧』という本(柳澤桂子・文)を参考にさせていただきました。

シャーリプトラよ 宇宙では形という固定したものはありません
実体がないのです 宇宙は粒子に満ちています 粒子は自由に動き回って形を変えてお互いの関係の安定したところで静止します

宇宙は粒子に満ちています。完全に満ち切っている状態であれば”何も無いところさえ無い”という状態。言い換えれば”全てある”状態です。
(般若心経でいうところの「空」)

*素粒子は「粒」の性質と「波」の性質を持ち合わせています。

物質は原子からでき、また原子は原子核と電子で構成されています。
この原子もほとんどが「無」の状態です。

原子核の直径は原子全体の10万分の1しかなく、体積で言えば1000兆分の1程です。

例えば、直径20㎝のサッカーボールが原子核だとすると、原子の半径は約10kmであり、それはジャンボジェットの飛ぶ距離になります。


電子は、大きさはゼロと考えられている素粒子なので、原子を見るとその構造のほとんどが空っぽの状態なのがわかります。
つまり、そのような原子で構成されている物質は実体がないということになります。

原子の中にある電子は、素粒子の一つです。
素粒子には『観測されて初めて確定する』という特性があります。

つまり観測されるまでは、”可能性”としてあちこち同時に一つの電子は霧状に存在します。

シャーリプトラよ 形あるもの 言い換えれば物質的存在を 私たちは現象としてとらえているのですが 現象というものは 時々刻々変化するものであって 変化しない実体というものはありません
実体がないからこそ 形をつくれるのです 実体がなくて 変化するからこそ
物質であることができるのです

素粒子と物質は異ならず、物質がただちに素粒子である、というのが実相です。

◻︎

「ニュートリノ」という素粒子が存在しますが、そこらへんに大量に飛び交っていて、どんな物質でも簡単にすり抜けてしまいます。

ニュートリノは電気的に中性なので、電気を帯びた電子や原子核から電気的な引力も反発も受けません。

そのため物質を簡単に通り抜けることができます。

私たち人間も含め物質はほどんどがスカスカということがわかりましたが、なぜ私たちが壁をすり抜けることができないのかというと、壁の表面の電子と私たちの体の電子が電気的な力で反発しあっているためのようです。
まるでゲームのようにそうプログラミングされています。

シャーリプトラよ あなたも宇宙の中で 粒子でできています
宇宙の中の他の粒子と一つづきです ですから宇宙も「空」です
あなたという実体はないのです あなたと宇宙は一つです

宇宙は一つづきですから 生じたということもなく なくなるということもありません
きれいだとか 汚いだとかういこともありません増すこともなく 減ることもありません

◻︎

量子力学の視点と般若心経、すごく似た世界観であるというふうに感じませんか?

「般若心経」は作者不明とされていますが、仏陀(目覚めた人)であることは間違いないでしょう。

前回の記事で素粒子や原子について書いたので、「般若心経」の世界観を補足として述べさせていただきました。

*シャーリプトラ:釈迦十大弟子の一人
「般若心経」に出てくる呼びかけ 舎利子のこと。

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