【見聞】「国宝 熊野御幸記と藤原定家の書」/三井記念美術館
熊野御幸記。くまのごこうき、と読みます。
著者は藤原定家。正確には、定家が記した日記である「明月記」のうち、後鳥羽上皇の熊野詣でに同行した23日間の日記のことを、特に熊野御幸記と呼びます。明月記全体が国宝なので、熊野御幸記も当然国宝です。
そんな国宝が全編公開と知りまして、いそいそと出掛けてきた次第でした。
国宝 熊野御幸記と藤原定家の書

展示が行われているのは三井記念美術館。日本橋も日本橋、日本橋三越のお隣です。
そもそも三越と言うのは三井越後屋からの三越で、日本橋のたもと駿河町は江戸時代からのお膝元。三井本館の七階にある三井記念美術館は、その名の通り、三井家伝来の様々な美術品や文物を公開している美術館です。
なにしろ建物そのものが重要文化財。展示室に上がるエレベーターも、階数表示がアナログ式の針だったり。もう入る前からテンションが上がります。
三井記念美術館、以前にも来た事があったような気がするのですが、日記をさぐっても出てこないくらい以前のこと。しかも調べて見たら2022年にリニューアルしているとのことで、これはほぼ初訪問と言っていいでしょう。
エレベーターを降りると、鹿さんがお出迎え。どうもどうも。

さてこの三井記念美術館、建物の一部なのだし、広さもそれなりかな…… と思っていたら、とんでもない思い違いでした。展示室は大小おりまぜて全部で7室、そのうちひとつは、織田有楽産の茶室、如庵の再現物が入っています。なんてサイズだ。
展示室前から、展示室1、2までは、展示だけではなく部屋そのものも見所。三井本店時代の重厚な内装や、緞帳と言いたくなるカーテンは、大変密度の濃い空気。この部屋の雰囲気だけでもだいぶ気圧されて幸せになります。
展示の主題は藤原定家なのですが、最初の展示ではまず、ずっとのちの時代、江戸初期の茶人である小堀遠州の茶器や色紙が展示されています。
定家の書は、しょっぱなの解説のパネルで「読みやすいとは言えない」とバッサリ書かれてしまうくらい、当時からしても個性的な字なのですが、そういうのが大好きなのが茶人の皆さん。
これが定家様として大流行し、小堀遠州はことにその定家様を好みました。そういうわけで、小堀遠州ゆかりの展示品から始まります。
そうそう。ここで展示されているものは、どうも全部が三井家の所蔵品ということらしく。他の博物館で見かける、どこそこ所蔵、とか個人蔵、と言うような所蔵表示は見当たりません。
かわりに、どのような経緯で三井家が所蔵するようになったのか、と言う経緯が、ちょくちょく挟まっています。
茶器の名前の名前の由来について、二種類の説が解説されたあと、「でも三井家の所蔵品としてはやっぱりこっちの説ですよね」みたいな事が書いてあって、うーんこの。となってみたり。
定家の手になる小倉色紙、茶室と茶器の展示を経て、いよいよ熊野御幸記。……の前に、映像展示があって、こちらも見入ってしまいました。
後鳥羽上皇と藤原定家が辿った道を、美術館の方が実際に歩いて巡った、と言う、写真500枚、1ループ30分にもわたる超大作です。関西に出張があるたび巡り、最後は有休まで使って辿ったと。こういう説明大好きです。
さて改めて熊野御幸記。一番大きな展示室に、書かれている内容を展示したパネルとともに、全編が置かれておりました。
険しい熊野の道を、雨が降ったり初雪が降ったり(熊野御幸記の旅程は1月のこと)。定家はもともとあんまり体が強くなくて、冬になるときまって体調を崩す、みたいな感じなの人なのに、それでも毎日日記を書き続けていた、と言う執念と、それはそれとして、書や色紙とは違って日記となると、さらに字が崩れたり略字使ったりして、さらに輪をかけて読みにくくなっていると言うこの現実感。
難所を越えた時の状態は「心中夢如」の由。もはやグロッキー状態で籠に揺られてたのでしょうけれど。それでも記録は書く。すごい執念ですよね……。
展示室の反対側は、こちらも定家の書、大嘗会巻。
昔の人の日記から、大嘗祭の式次第を書き写したものですが、この昔の人の日記、と言うのが小右記。紫式部の同時代人、こちらも日記魔の、あの藤原実資の日記です。
紫式部の源氏物語が今日まで伝わるのも、藤原定家の功績によるところ大なわけで、なるほど歴史は繋がってるんだなあ…… と、小首をひねっておりました。
そういえば、後鳥羽上皇が天皇として即位したのは源平合戦の末期の頃。
平家都落ちで三種の神器がなく、また安徳天皇が健在な中での即位であって、自らの正当性の証明にずっと苦しんでいたのが後鳥羽天皇。
そのへんをどうにかしようとして、結局どうにもならなかった壇ノ浦の合戦のくだりは、ついこないだ源範頼についての小説で読んだばかりで、なるほど歴史はつながってるんだなあ、と……。
このあとの展示は古筆切、つまり定家など古い書の断片についてと、ふたたび小堀遠州の定家様の書、そしてかるたに歌仙絵へと続いていきます。
団扇型かるたは、かるたなのですけど四角くはない、ハートマークのような形をしたかるた。これは初めて見ました……。
そんなこんなで、すっかり堪能した次第でした。
惜しいことに、和歌についてはほとんど知識がないもので。そのあたりをうっすらとでも予習しておけば、もっと面白かったろうになあ…… と思った次第でした。勉強するともっと勉強したくなる。うむ。
帰りがけ、三井本店時代からの超重厚な金庫もちょっと見られて。それも大変満足でありました。
そうそう。展示は基本的に撮影不可ですが、一部だけ撮影可能。
その撮影できる部屋に、熊野御幸記があります。
ぜんぶありますよ。ぜひぜひ。

東京駅の八重洲口、常陸野ブルーイング Tokyo Yaesu。
